編集者の大堀久美子さんから、有☆タカプレゼンツ『ルーーープ!』の鑑賞レポートが届きました!
キビシイ現実を記憶の「ループ」が楽しい未来に書き換える
大堀久美子(編集者)
劇団などを招いて校内で上演する学校公演、近くの文化施設に生徒たちが出向く演劇鑑賞教室。自身でも小学生時代に体験しているが、舞台芸術の取材を仕事にしてから立ち会うそれら観劇の場は、結構な学びの機会になっている。
未就学児から思春期の頃まで、子どもたちは実に手ごわい観客だ。
楽しんでいるぶんには、こんなに頼もしい味方はいない。目を輝かせながら文字通り前のめりになり、舞台上の出来事を追いかけてくれる。だが飽きたり気が逸れたが最後、つくり手の思惑とは無関係にツッコんだり、せりふに応答したり(わるいことではないけれど)、近くの友達にちょっかいを出したりし始めてしまう。もちろん、よき演劇人たちはそんなリアクションは予測した構成・仕掛けを作品に施し、ハプニングも上演に取り込んで見事に作品をゴールさせてしまうのだが、小心な筆者はハラハラしてつい挙動不審になったりする。
だが2025年7月に観た『ル―――プ!』には、そんな危うげな瞬間は一切なかった。まず、俳優が開演前に子どもたちにした説明がふるっている。上演中、登場人物たちと一緒にできる動きや振付、拍手のタイミングなどを練習することは珍しくないし本作にもあったが、俳優は子どもたちに「みんなには〝お客さん〟という役割があり、〝お客さん〟がいないとお芝居は成り立たない」と語り掛けたのだ。これはきっと、並んで座っている親御さんたちにも響いたはず。これから上演される作品の舞台と客席の境をなくし、他人事にさせない魔法がかけられた気がした。実際子どもたちは、この段階から俳優たちの言葉によく反応していたし、並び、あるいは後方から見守る大人たちも、少し照れながらも発声や仕草の練習に協力的だった。
この日の会場は市民センターの多目的室。少しだけ高さのある舞台エリアには本や紙片を葉に見立てた樹が立っている。
80年の歴史を持ちながら、廃校が決まった町外れの小学校。役場から学校の調査に来た坂本は、クセが強くやたらと存在感のある用務員に出会う。アヤしい用務員は坂本に学校に伝わる「7不思議」の話をするが、その途中で唐突にいなくなる。後を継ぐように現れた教頭・横井の言葉に背中を押されて図書室を訪ねる坂本。そこには本が運び出されないよう見張っている、みさき、ひかる、あおい3人の生徒がいて、坂本に〝学校のピンチを救う秘伝書〟の存在を教えてくれ……。
子どもの頃、誰もが一度は想像して胸をときめかせた学校のヒミツ。生徒が入れないエリアや怪談めいたウワサ、それらコワいものに対抗するまじないなど劇中に散りばめられたアイテムは、子どもだけでなく〝かつて子どもだった観客たち〟にとっても魅力的なはず。タイトル通りに同じシーンをループ=繰り返しながら、それらをロール・プレイング・ゲームのクエストのようにクリアし、少しずつ核心に近づく劇構造は観る者を物語へと強く巻き込んでいく。
本作はさらに、ダンスなど躍動感あふれる身体表現が場面ごとに織り込まれており、言葉を追いかけるだけでは飽きてしまうような低い年齢層の子どもたちや、演劇を観慣れていない観客もガッチリつかまえて離さない。〝永遠に小学生男子の魂を持ち続ける〟劇作家・演出家・俳優の有門正太郎と、キレキレのダンスから生活動作を拡大した真似やすい動きまでを柔軟に演技に添わせる振付家・ダンサーの今村貴子、それぞれが存分に力を発揮した良い仕事ぶりと、それに応える俳優たちの豊かな演技と表現、そんな充実した座組を企画し実現させたkitaya505のプロデュース力という、作品が届けられるまでにかかわった創作各所の充実に拍手を贈りたい。
幅広い世代に共感ポイントの多いストーリーに、突飛な設定を強引に立ち上げることで笑いに昇華する演出。褒めどころはいくらでもあるが、個人的に本作が忘れがたいものに感じられたのは、都市規模に関係なく今、この国のそこここで起こっているはずの〝母校が廃校になる〟ことと、劇中に描かれる〝その先にある風景〟のためだ。
坂本は舞台となる小学校の卒業生で、彼の過去と現在がループすることで作品の終幕、素敵な「未来」がもたらされる(と筆者は感じた)。世代を超えて生きづらさが叫ばれ、社会的な大問題になっている日本という国に今、最も足りていないのは「居場所」ではないだろうか。子どもには学校、大人には職場が〝行かねばならぬ場所〟だが、それらが〝行きたい場所〟かどうかは甚だ疑問であり、〝危険な場所〟と感じている人たちも少なくないように思う。
そんな息苦しい世の中にあって、義務や利害に縛られずに一息つける砂漠のオアシス的な場所があったら。それが、かつての母校だったら……こんな嬉しいことが他にあるだろうか! 最後まで観終えた時、舞台となる小学校の名前、校歌の歌詞にハタとひざを打つ、粋な仕掛けは是非ご自身で体験していただきたい。
つけ加えるならば、今後さまざまな場所で上演されるであろう『ルー――プ!』こそ、行く先々で子どもや大人、観客とスタッフなどの区別なく多くの人々にとっての〝居場所〟になり得る作品だという予感がしている。
ちなみに筆者は東京生まれで、近隣の区立小・中学校、都立高校に進学。小学校だけは同じ名前のまま同じ場所にあるが、中学・高校は統廃合が行われ、中学は移転合併のため名前が変わり、高校は同じ場所ながらやはり合併で違う校名になっている。どの学校の校歌も満足に思い出せなかったのは、ここだけのヒミツだ。
