世界最長の実験と熊本地震をモチーフにしたゼロソー新作

2017.06.10

ゼロソー(熊本)が『ピッチドロップ』(作・演出:河野ミチユキ)を6月17日(土)~18日(日)に長崎市宝町の宝町ポケットシアターで、7月16日(日)~17日(月・祝)に北九州市八幡東区枝光本町の枝光本町商店街アイアンシアターで上演する。

ゼロソー 演劇公演『ピッチドロップ』

とある地方大学の研究室。ここでも、同じような実験が行われています。研究室では、日頃は特別その実験に触れられることもなく、たまに授業で紹介されたり、研究室の学生が衝撃を与えないように気を遣う程度の存在です。

地震が、地域を襲います。

大きな揺れの後めちゃくちゃになった研究室の様子を見に来た学生が発見した、頭部だけの女性。頭部だけになっても生きていたその女性は、教授の妻だった。大震災を乗り越えて、頭だけになって生き残った女は、底抜けに明るい。

なぜ、この研究室にこの女性はいる(あるいは置かれている)のだろう? 教授の思惑、妻の心情、取り巻く学生達との奇妙な交流の中で、それぞれに生きる力を見いだしていく。

2001年に旗揚げして以降、熊本を拠点に活動するゼロソ―。東京国際芸術祭リージョナルシアターシリーズ参加、代表・河野ミチユキの九州戯曲賞大賞受賞など、着実にステップアップを重ね、今では九州を代表する劇団となった。本作『ピッチドロップ』は、約90年という世界最長期間の実験「ピッチドロップ実験」と昨年熊本を襲った熊本地震をモチーフとして創作された。熊本・宮崎の三股町での公演を終え、長崎・北九州公演を直前に控えるゼロソーの河野ミチユキと松岡優子に、作品や劇団のこと、熊本のことなどについて訊いた。

ゼロソー 演劇公演『ピッチドロップ』

ー熊本公演を終えての感触を教えてください。

河野 毎回新作は難航するんですけど、今回もまぁそんなカンジだったので、カンパニーメンバーがよくやったなぁって感謝というか感心というか「あの人たちスゲェな」と尊敬しました。
熊本のお客様は概ねとても温かく作品を味わっていただいたように感じました。題材が題材だけに相当不安だったので、その点は上演後の観客席の雰囲気で少し払拭されたところはあります。が、同時にまた別の不安、問題点も湧き出ました。
松岡 久しぶりの新作、相当大変でした。作品の内容も首だけになった女性が出てくる話だし、それぞれの俳優の痛いところをえぐる創作の現場でもあったので、公演初日、なんだかほっこり幸せな笑顔溢れる空気に包まれた終演後の会場での安堵感たるや……。

ー「題材が題材だけに相当不安だった」というのはどういうことですか?

河野 たくさんの人が傷ついた、いまだ傷が癒えない出来事を取り上げて作品として昇華させるという行為が、しかも今回は「ドキュメンタリー」ではなく……たくさんの実体験と、たったひとつの強烈なフィクションでできた物語なので、そうした表現行為自体も「冒涜」に当たらないだろうか、という不安ですね。

ー『ピッチドロップ』はどのような作品ですか?

河野 かねてより個人的に「ラブ戯曲」を書きたい、書かねばと思っていたんです。自分の中の「ラブ(恋愛)」を感じたりあるいは自分が他人に対して「ラブ」を発する根っこみたいな部分を、ここ10年くらい創作においては見ないふりをしたり、はぐらかしたり、直截(ちょくせつ)的に描かなかったりして過ごして来たんですが、40歳も越えたオッサンが、ラブストーリーの戯曲を書くことから逃げてたらこの先無いなと思ったので。私にとってはかなり高いハードルでした。自分でこしらえたハードルですけど。だから、ゼロソー的ラブストーリーな作品、ということになります。
松岡 俳優は作家が書いた戯曲を初めて読むある種“観客”で、本を読んだとき、そして稽古しながらも相当心が揺さぶられましたね。創作の現場ではだいぶ去年の地震のことをメンバーで振り返りました。1年前の感覚を今の自分たちは持っていないことにも気づきました。でも地震のことだけじゃなく、大切な人が首だけになったらどう感じるだろう。受け入れられるだろうか。それでも生きていてほしいよな。と。いろんなことを自分に照らし合わせながら感じることができる作品だと思います。

ゼロソー 演劇公演『ピッチドロップ』

ーツイッターなどに首だけの女性の写真が上がっていましたが、あれは……?

河野 えーっとアレは……キャスト……ですかね……。ですね。キャストです。見かけたら一緒に写真撮ってあげてください。彼女ひとりでは写真撮れないので。
松岡 アレは“松岡さん”という新しいメンバーです。初舞台ですので可愛がってあげてください。

ーこの作品を書こう、やろう、と思った経緯を教えて下さい。

河野 「ピッチドロップ実験」については、7~8年前から書きたいなと温めていた、というか、どう料理しようかずーっとアイディアがまとまらなくて。本震後、自宅で久しぶりに湯船に入った夜、幸いにして自宅は電気と水はかなり早く復旧したんですけど、ガスは時間がかかって、ようやく自宅で暖かいお風呂に浸かれる! と鼻くらいまでお湯に潜っていた時に「あ、そうか」と自分の中で「地震」と「ピッチドロップ」が繋がった気がしたのを覚えています。でも「気がした」という言葉の通り、書き始めたらそれは「気のせい」だったのではないかと思うほど、自分の中で混沌としていきました。振り返って分析すると、やっぱり書きたいことがたくさん湧き出しちゃったんだと思います。あれから、たくさんの人や出来事と出会ってしまったので。
地震について書かねばと思ったのは、そこに居あわせたから、というのが唯一の理由で、前震の時は稽古場で稽古中だったんですけど、自宅で経験した本震も含めてあの衝撃は忘れられなくて、だけどもしそれ以上の衝撃が次の瞬間起こったら、どれくらい自分は困惑するのかな、そんな地震を上回る衝撃って何かな、と考えたのが物語の起点になってます。だから、私自身は作中の「教授」の目線を中心に思考していると言っていいと思います。

ゼロソー 演劇公演『ピッチドロップ』

ー熊本地震後、生活や創作に変化はありましたか?

河野 私自身は、1年経って「あまり変わってない」と言えることに、とても深い感慨があります。それは熊本の周囲のみなさんの復興努力もあり、県外から応援してくださる力にいっぱい助けられて、「変わってない」と今、口にしていいのでは、と。いや、困難はたしかにありました。メンバーの生活環境も変わりました。創作を続けられなくなった者もおりました。私の環境も変わったんでしょうが、そうした環境の変化も含めてゼロソーという個性を形作っている要素だとしたら、やっぱり変わっていないと思います。創作への姿勢、というか目線というか。禅問答みたいな答えになっちゃいましたけど、伝わりますかね? ……変わらないための1年、を生きてきたと言った方がいいのかな。
松岡 私自身は変わりました。自宅が住めなくなり、避難所で暮らし毎日が生きるために生きるみたいな日々を過ごし、仮設住宅で暮し、被災地、被災者と呼ばれ、なんだかフワフワした実感があるようなないような日々でした。ただその分、シンプルに演劇で出来ることを考える時間でもありました。仮設団地で出会った書家の方は「今が一番書くことが楽しい」とおっしゃっていました。熊本でも被災程度の差により、双方に疎外感を感じている現状があります。忘れられたくないという気持ちと忘れている人たちの日常と。そんなことをひっくるめて『ピッチドロップ』が生まれていると思っていて、ゼロソーとして今、いろんなものを経て作品にできるものがこれだったのだと。

ー長崎と北九州での公演が控えていますが、次の公演地に向けて考えていることはありますか?

河野 『ピッチドロップ』はメンバーとして一緒に地震を経験した者と、地震の後に入って来たメンバーとで創作しています。新しいメンバーとツアーすることはひとつの楽しみです。そうしたお披露目の意味もありますし、県外で応援してくださってる方々へのお礼に伺うということもありますし。作品の強度をツアーの続く限り鍛錬して、各地でお会いできたらと思ってます。あと、もっと他の地域にも行きたいです。熊本で再演もしたいです。
松岡 久しぶりのツアーです。震災後応援してくださった方々に、今度は私たちから届けたいとの思いでまいります。ほんとは全国行脚しなくちゃいけないくらいなんですけど、今年は長崎、北九州で。そこの美味しいものも食べたい! 長崎も北九州も「ココ!」という飲食店があったら教えてください!

ー最後にmola!をご覧の方へメッセージをお願いします。

河野 ここまで結構真面目に喋っちゃったんですが、笑顔でこの作品を見終わって欲しいと思って作りました。熊本でたくさん笑っていただいて単純に嬉しかったんです。地震当時の熊本の雰囲気を随所に散りばめたので「全然笑ってもらえないかもしれない」と不安で。でも熊本公演が終わった今、逆に他地域でこそ笑ってもらえないかもしれないと思ってます。僕ら、県外に出たらおそらく「被災者」として見られてるはずなので。そんな笑っていいのかギリギリのラインの雰囲気の連続なので、それをどう伝えようかな、と考えている日々です。あんまり僕たちに気をつかわないでみてくださると嬉しいです。
松岡 急遽、三股町で開催されている「まちドラ!」に呼んでいただき、昨年5月から演劇活動ができています。この1年、応援していただいた方々に言葉を尽くしても感謝の気持ちが表現しつくせません。そんなこんなでたくさんの思いを詰め込んだ作品ですが、単純に笑って元気になっていただけたら嬉しいです。私たちも笑い続けます!


出演は、松岡優子、木村想、吉丸和孝、山田夕可。

チケットは、一般2,000円(当日2,500円)、高校生以下1,000円(当日1,500円)、ペア割3,600円(前売・劇団予約のみ)。CoRichチケット!長崎公演北九州公演、サルカンバ!での取り扱い。

お問い合わせはサルカンバ!ticket@zero-so.com、090-2397-2841まで。


ゼロソー 演劇公演『ピッチドロップ』

作・演出:河野ミチユキ
料金:一般2,000円(当日2,500円)
   高校生以下1,000円(当日1,500円)
   ペア割3,600円

【長崎公演】
日時:2017年6月17日(土)19:00
        18日(日)13:00/18:00
会場:宝町ポケットシアター(長崎市宝町5-25-2F)

【北九州公演】
日時:2017年7月16日(日)14:00/19:00
        17日(月・祝)14:00
会場:枝光本町商店街アイアンシアター(北九州市八幡東区枝光本町8-26)

【関連サイト】
ゼロソー
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ゼロソー 演劇公演『ピッチドロップ』

※情報は変わる場合がございます。正式な公演情報は公式サイトでご確認ください。

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