「mola!賞2022」発表!

2023.01.19

2022年11月末に更新終了のお知らせを発表するとともに、公募を行った「mola!賞2022」。最後なので予想以上に多数の応募があるだろうと思っていたら、不安になるくらい応募がなく、もしかして応募してくれてるのにこちらに届いていないだけなんじゃないかと思っていろいろ確認したけど単に応募がなかっただけ、という悲しい現実を突きつけられた「mola!賞2022」には、2件のエントリーがあった。当然2件とも無事受賞。受賞者/団体は以下の通り(掲載は応募順)。mola!編集長の藤本瑞樹、kitaya505代表の北村功治によるコメントとともにどうぞ。

mola!今までありが賞(*他薦)

<受賞対象>
mola!

<功績>
サイトの最後にそのサイト自身が受賞する、というベタしゃーなやつを全員思いつきはするもののやらないのが演劇人だと思うので、あえてやりたく、応募しました。意外と同じ趣旨のことを藤原達郎さんがやりそうだなと思いつつ、しない後悔よりする後悔だと小島先生(小3の担任)も言っていたので応募しました。

<受賞コメント>
高校演劇の批評文全文掲載や、三文オペラと関門オペラの演出家同士で対談させてもらうなど、mola!さんには本当によくしていただきました。
ありがとうございました。

藤本 これは非・売れ線系ビーナス(福岡)の田坂哲郎くんが応募してくれました。
北村 田坂くんは以前も劇団ヒロシ軍(諫早)の荒木宏志くんに賞をあげてたね。
藤本 田坂くんほんといいやつ。
北村 田坂くんありがとう。
藤本 こんなにいいやつなのに、自身の受賞は一度もないという。
北村 こんなにいいやつなのに。
藤本 お礼代わりと言ってはなんなんですが、年末に、非売れの新作公演を見たんですよ。夢で。
北村 夢で。
藤本 それがほんともうめちゃくちゃよくて、お芝居見て初めて号泣したんですよね。夢で。
北村 夢でね。
藤本 なんか日本庭園っぽい会場で、めちゃくちゃ心温まるヒューマンドラマをやってて。すごくよかったんだけど『木曾の最期』っていうタイトルの意味だけはよくわからなくて。でもまあタイトルの意味とか別にいいと思えるくらいすごくよかったんですよ。
北村 夢だけどね。
藤本 そんな田坂哲郎くん主宰の非・売れ線系ビーナスの新作『木曾の最期』は、1月26日(木)~29日(日)にリノベーションミュージアム冷泉荘(福岡市博多区上川端町9-35)で、2月11日(土)〜12日(日)にアトリエPentA(長崎市五島町8-7 3F)で上演されます。
北村 田坂くんありがとう。公演がんばってね!
藤本 これで今回の応募の50%の紹介が終わりました。
北村 残りの50%、大体察しはつくんだよね。
藤本 お察しの通りだと思います。

腹筋賞

<受賞対象>
藤原達郎(大体2mm)

<功績>
腹筋をきたえている。

<受賞コメント>
 3月、桜が満開になろうかという頃合いに、公園で、芝居を宣伝するチラシ用の写真撮影を行った。チラシを作成するにあたり、なぜ写真を撮影する必要があるのかということは、この際あまり重要ではない。チラシをデザインする者がいて、写真を掲載しようと思って、だから撮影した、それだけのことである。何か特別なことがあるとしたら、それは3月であるにもかかわらず、Tシャツ一枚で震えながら撮影に臨んだということであろう。桜の有無に関係なく、早春の公園は寒い。
 私以外にも数名、写真撮影に参加したのだが、他のメンバーは全員長袖だった。なぜなら服装は特に指定されていなかったから。つまり、自ら率先してTシャツをチョイスした。

「藤原、寒くないのか」

 メンバーのうちの一人がそう言った。寒いか、寒くないかで言えば、寒いに決まっている。夕方の公園には、我々以外、人っ子一人いない。子ども達としても、門限ギリギリまで遊んでいたいというのが心情であろう。5時なら4時50分、6時なら5時50分まで遊び、ダッシュで帰宅する。私自身、小学生の頃はそうだった。にもかかわらず、公園には誰もいない。理由は明白である。寒いからだ。「遊びたい」より「寒い」が上回るほどの気温なのだ。風にさらされた二の腕に鳥肌が立つ。

「なぜTシャツ一枚なんだ、藤原」

 もちろん私も、自宅からずっとTシャツで来たわけではない。Tシャツの上にはパーカー(正確に言えばフーディー)を重ね、さらにコートも羽織っていた。それらを、公園に着いてから脱いだ。Tシャツの絵柄が見えるように撮影したかったのだ。どんな絵柄なのかと言えば、菅元総理大臣が官房長官だった頃、平成から令和に変わった時、色紙を掲げて新元号を発表した歴史的瞬間が、胸元にでかでかとプリントされたものだった。数年前、地元のSHOTというアウトレットショップで見つけ、「これ、いいやん」みたいなことを言って買ったのだ。千円もしなかったと記憶している。
 SHOTの値段の安さは異常だ。こんなことで商売が成り立つのかと、買い物をしているこっちが不安になる。しかしその値段設定には4つの秘密があるらしい。「SHOTのアウトレットはなぜ安いのか」とインターネットで検索した所、理由が明らかになった。
 ひとつめは、国内外のメーカーから直接買い付けていること。仲介を挟まないので、その分安く買い付けることができる。2つめは、お得な商品のみを仕入れていること。メーカーなどから直接買い付けていても、商品によって値段は異なる。なので、その日その日で最もお得な商品のみを買い付けて店舗に並べる。そうすることで安く提供できるのです。3つめは、訳あり品を仕入れているという点。製造や流通の過程で付いてしまった汚れや、製造の課程で型崩れしてしまったものなど、言わゆる「訳あり品」を安く買い付けている。そして4つめは記載されていなかった。「理由は4つある」と言っているにもかかわらずである。知らない方がいいことも世の中にはたくさんある。私は深く詮索しないことにした。

 ともかく私は、テレビで幾度となく放映された、菅さんが令和と書かれた色紙を掲げている絵柄のTシャツをSHOTで買った。買ったものの、この日まで一度も袖を通していなかった。着て行く場がないのだ。冷静に考えて、このTシャツはださい。別に菅さんの風貌だとか、色紙を掲げたポーズだとか、令和の語感だとか政治思想がどうだとか、そんなことをとやかく言うつもりは微塵もない。歴史的瞬間を切り取り、わざわざ胸元にプリントしたこのTシャツ自体がださいのだ。なぜあの時の自分が「これ、いいやん」と思ったのか、今となっては知る由もない。
 しかし、買ったからには着たい。いや元を取りたい。もっと言えば、決して無駄な買い物ではなかったのだと、あの日の自分を肯定したい。私は、菅さんが令和と書かれた色紙を掲げている絵柄のTシャツ(以下、菅T)を着て行く場を模索した。

 私の勤めている会社は、外出や来客対応がない限りは仕事中も私服でOKなのだが、以前、同僚が「I’m Super Vegeta(俺はスーパーサイヤ人のベジータ様だ)」とプリントされたTシャツを着て来たのを見て、「いくら私服OKであろうと、TPOはわきまえねばならない」という意識を直感的に獲得したため、会社に着て行くという選択肢は初めからなかった。
 では部屋着にしてはどうかと思ったが、これはもう、他者に見せることを一切放棄している。私が菅Tを「これ、いいやん」と購入した理由を想像するに、その絵柄を誰かの目に留めてもらい、あわよくば「ふふっ」と微笑んでほしいからであろう。部屋着はどうにもならなかった場合の最終手段だ。
 そこで思いついたのが、芝居の衣装として着る、というものである。ツカミとして利用するのだ。幸い、私は自身の団体で台本の執筆を担当しているため、ト書きに一言、「男1、菅Tを着て登場する」と書けば、みんな従わざるを得ない。天啓である。お昼の弁当を食っている時に舞い降りたこのアイディアに私はいても立ってもいられず、仕事を早退し、新作の執筆に取り掛かった。
 執筆開始から二年。書き進めれば進めるほど、菅Tの存在が邪魔になってきた。いい感じのシーンで、登場人物が菅Tを着ているのだ。菅Tの存在感は半端じゃない。自己主張がおそろしく強いのである。途中で「男1、菅Tを脱ぐ」と書き加えてみたが、どうにも蛇足の感が否めない。「これ、最初から着なくていいんじゃね?」と、男1が私に訴えかけてくる。私は悩んだ。二年間、脇目も振らずに書き進めた台本だ。夢中になりすぎて無断欠勤を重ね会社からは首を切られた。今さら妥協などあり得ない。菅Tの有効利用と台本のクオリティを天秤にかけ、泣く泣くト書きから菅Tをカットした。もっと私に筆力さえあれば……。こればかりは日々精進するのみだ。何年、何十年かかろうと、いつの日か、菅Tとクオリティの両立した作品を書いてみせよう。その前にハローワークへ行こう。

 Tシャツをタンスにしまい、さて、どうしたものかと思っていた所に湧いて出た、チラシ用の写真撮影である。チラシ用であれば、実際の衣装として使わなくても良い。あくまでもイメージなのであるから。菅Tのインパクトも手伝って、良い方向に作用するのではないか。私は早速デザイナーに連絡を取った。今回チラシデザインを依頼したのは、「デザイナー/声優/象徴/歌人/4勤2休」の肩書きを持つ太田カツキ氏(現在休業中)である。私がそのセンスに惚れ込み、多忙な氏をなんとか説得して承諾を得た。
 カツキ氏のセンスの一端はその服装と行動に現れる。以前、博多リバレインという博多座や福岡アジア美術館を内包したハイソサイエティな商業施設で公演を行ったのだが、カツキ氏は臆することなく迷彩柄の上着を羽織り、肩で風を切って施設内を闊歩し、暇さえあればZIPPOのライターにオイルを注入していた。ある空間における一定のたたずまいと、不意に迷い込んだ異物の発するズレを、チラシという紙媒体に落とし込んでもらうことで新しい何かが生まれるのではないか。そうした期待と予感が、今回のコラボレーションを実現させた。
 「これを着て撮影しようと思うのだが」と、カツキ氏に菅Tの写真付きでメッセージを送った。カツキ氏からの返信は遅い。そのセンスと社会的規範は常に噛み合わない。非効率的であることが魅力を放つため、時間との戦いは織り込み済みだ。電話をかけようと無駄である。スマホ自体を確認していないのだから。待つこと4日、「いいっスね」と、ようやく5文字の返信が来た。本当にそう思っているのか甚だ疑わしい。試しにその時着ていたジャージの写真も添付し「これと迷っているのだが」と送る。さらに待つこと4日。「それもいいっスね」との回答。どうでもいいんじゃねえかこの野郎。時は撮影当日。数時間後には日が暮れてしまう。が、私としては菅Tが有効利用できさえすればそれでいいのだ。ウィンウィンである。再びタンスから菅Tを引っ張り出し、上にパーカー(正確に言えばフーディー)を重ね、さらにコートを羽織り、家を出た。

 撮影にはカツキ氏のiPhone XRが使用された。その画素数なんと1200万。品質は申し分ない。あとは氏のお手並み拝見と行こうじゃないか。私は菅Tが目立つよう、メンバーの誰よりも前に立った。出番が一番少ないにもかかわらずである。逆に出番の多いメンバーには後ろの方に立ってもらった。なんか、そういう対比的な効果が生まれればいいなという打算からであるが、実際にチラシを手にするお客さんには、誰の出番が多いかなんてわからないのだから、ただの自己満足にすぎない。
 「じゃあ、撮りますよ」「はい、チーズ」「もう一枚撮ります」と、カツキ氏の生気のない声が雑踏に消えた。まるで社員旅行の写真を事務的に撮る総務課員のように。当然、被写体である我々にもその影響は出る。気持ちは萎え、「いい写真にしよう」「なるべく格好良く写ろう」などという自我は吹き飛び、「早く終わんねえかな」という心の声が漏れ聞こえた。カツキ氏の覇気のない撮影スタイルは意図されたものに違いない。男1、女1といった匿名性の高い登場人物を写真に焼き付けるにあたり、突出した個性などは不要。それでもなお立ち現れざるを得ないものこそ、人間性と呼ぶべき何かなのではないか――カツキ氏はそこを見逃さない。脚本の意図を完全に汲み取った撮影法に私は度肝を抜かれた。なぜなら脚本はまだ誰の手にも渡っていなかったのだから。
 カツキ氏の手腕に反して、もともと写真に写るのが苦手な私は、寒さに耐えている現状も相俟って、必要以上に表情を硬くしていた。これでは本末転倒ではないか、と思ったが後の祭りだ。桜の花びらが風に舞う中、私はただ立ち尽くし、iPhone XRの無機質なシャッター音が公園に響いた。

 そうした過程を経て出来上がったチラシを見てまず目に入ったのは、菅さんのプリントされた胸元ではなく、それを着ている自身の腹回りであった。「俺、太ったな」というのが正直な感想である。体重の増加と、風呂の鏡に映る姿から、その傾向は把握していたのだが、まさかこれほどとは、と軽くショックを受けた。原因は間食。好物はポテトチップスののりしお味です。

 その日から毎日、腹筋をきたえているというわけである。
 菅Tはトレーニングウェアとして現在も活躍している。

※参照HP【マーケットピア】カジュアル専門アウトレットショップ「SHOT」

藤本 はい。
北村 まあ、そうだよね。
藤本 田坂くんは「意外と同じ趣旨のことを藤原達郎さんがやりそうだなと思いつつ」と書いてくれていたけど……
北村 達郎がそんなことやるわけないよ。
藤本 達郎くんだけ3年連続受賞で、殿堂入りですね。
北村 mola!賞らしいなあ。
藤本 mola!らしい、いいオチになったんじゃないでしょうか。
北村 毎年長文送ってくれてありがとうね。


藤本 ということで、以上が「mola!賞2022」でした。
北村 もし万が一、応募したのに掲載されていないということがあればお知らせください。追加で掲載します。
藤本 で、これをもちまして、mola!の更新はひとまず終了となります。
北村 これまでのご愛顧、本当にありがとうございました。
藤本 ありがとうございました! さようなら〜。みなさんお元気で〜。

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