車の歌(第2回)
和菓子屋「ころぼっくる」までは事務所から車で20分程度の距離なのだが、駅前の渋滞を抜けるのに20分かかり、かつ、和田はセックスのことばかり考えて運転していたので道に迷った。大通りを走っていたはずが、車線が減り、いつの間にか車同士が行き違うにも気を使う幅の道を走っていた。時計を見ると6時過ぎで、この時計は27分遅れて(以下略)、出発して1時間が経過していた。
住宅街の中にぽつぽつとスーパーや個人経営の八百屋、不動産屋、うどんのチェーン店、歯医者、ちょっと広めの公園などが配置されていた。道が細いくせに大型のトラックなんかが頻繁に行き交うため、常に徐行を強いられるのが和田の気に食わなかった。薄暗い中、見覚えのない町並みにキョロキョロしながら進んでいると、ドン、という衝撃がFィットに走った。やべえ。何か轢いた。
路肩に停め、バックミラーで轢いた何かを確認した。暗くてよくわからないが、シルエットからして人ではなさそうで、とりあえず安心した。ノラネコか何かかな、かわいそうなことをしたが道路交通法を守らんお前らが悪い、人間のルールに従え畜生ども、と興味本位で轢いた何かを見るため、ハザードランプを点け車を降りた。
改めてFィットの外観を見ると、ボディはべこべこにへこみ、塗装が剥げ、左のヘッドライトはもげていた。日中なら注目の的になってしまいそうだ。ていうか、以前からそうだった。和田にとって壁や塀へのちょっとした接触は日常茶飯事で、どれがいつの傷だか、もはや判別不能だった。が、今そんなことはどうでもいい。轢いた何かに近づくと、羽根が飛び散っていた。鳥? 鳥轢いたの俺? 鳥なんか轢ける? とその物体に顔を近づけ、よく見た。カモが泡を吹いて痙攣していた。
「わっ、カモだ」と和田は言った。痙攣しているのはカモなのだから当たり前だ。痙攣した犬を見て「わっ、カモだ」と言ったのだとしたら、これはちょっとどうかしているので病院に行った方がいいが、今痙攣しているのはカモなので問題なかった。仮に、和田が何らかの理由で痙攣しており、カモを見て「わっ、カモだ」と言ったのだとしても問題はないが、カモを見て「わっ、カモだ」と言っている暇があれば、やはり病院に行った方がいい。そして今、痙攣しているのは和田ではなくカモであり、和田は病院に行く必要はないので「わっ、カモだ」と言った所で問題はないが、カモは病院に行った方がいい。道沿いの建物から漏れてくる明かりは動物病院のそれで、一石二鳥、カモだけに、と和田はスマホのカメラでカモを撮影し、「カモ轢いちゃったなう」とTイッターに投稿してから病院に向かった。