咀嚼伯爵(第4回)
【17】鉄砲作り
「相談なんだけど。」
ジンジャーエールの氷をカラカラいわせながら先輩が言った。
私達は、バイト帰りにあのカフェでしばしば話し込むようになっていた。
「森川君から聞いた話、書いちゃだめかな。」
え。
「まるごと、じゃなくて、なんていうのかな、聞いて、俺が思ったことを台本に書いちゃダメかな。」
えーっと。
「もちろん途中とちゅうで相談はするから。」
「どんな内容なんですか。」
「何だろう、えーっとね、咀嚼伯爵がね、旅をする話。」
お。
「旅をしながらね、いろんなものをガリガリ齧る話。」
なんだそれ。
「嫌なら言って。ズバッと。」
「どうぞ。」
「え。」
「何か、ぐちゃぐちゃした時間が成仏する気がします。」
「成仏!」
「いや、イメージですけど。」
「そっかぁ。」
先輩が目を伏せた。
「おもしろいのにすっから。」
下を向いたままだったけど、目元にぐっと力が入ったのがわかった。
8月。
「ロッピョウ君、しばらく休むってほんと?」
おばちゃんAが休憩時間に声を掛けた。
「どこに行くんだっけ。」
「種子島です。」
「鉄砲作り?」
「何それ!」
きょうもおばちゃんたち絶好調。
「サトウキビの植え付けで、人手が足りないって言うんで。」
去年新潟で知り合った人が今、種子島のサトウキビ畑で働いていて連絡があったらしい。
「どのくらい行くの?」
「2週間です。」
「へぇ。」
「台本書いて来る。」
先輩は私の顔を見て言った。
「おぅ!ファイトです!」
連絡先教えてくれませんか?
…って言えばよかった。
「ファイトです!」
なんで食い下がらなかったかな。
せめて手紙書きます、とか言えばよかったかな。
「下々の者よ、どうした!」
目覚めた伯爵が馬上からもの申す。
「自信と勇気のなさに落ち込んでおります。」
「ならば噛むか!ガリガリするか!」
「しません。」
心のカーテンをシャッと引く。
伯爵はがっくり首を垂れ、いつの間にか眠ってしまった。イメージで。