さよならオブラージャ 河野ミチユキ 1 この土地には「離合(りごう)」という言葉がある。 運転時、対向車とすれ違うことを指す。すれ違うのにギリギリな、狭い道で口にしている気がする。この言葉が方言だと知ったのは大人にな…
【21】前方右・上手前 公演当日。 会場は劇場でなく、普段はカフェだという地下の小さな空間。 そこに平均年齢ハタチくらいの男女がひしめいていた。 どこに座れば… 「あちらのお席にどうぞ!」 黒いシャツの、ハキハキした、言…
【17】鉄砲作り 「相談なんだけど。」 ジンジャーエールの氷をカラカラいわせながら先輩が言った。 私達は、バイト帰りにあのカフェでしばしば話し込むようになっていた。 「森川君から聞いた話、書いちゃだめかな。」 え。 「ま…
【11】毛布 年明け。 皆の顔にゆとりがなくなり、自分のペースで学習する為に欠席する人も増えて来た。 合格者の名前が廊下に張り出され、プレッシャーは募るばかり。 その緊張感のせいか、咀嚼伯爵大活躍! 「噛めかめかめ!」 …
【6】クリープ さすがにやばいと思い始めたのは11月。 朝、食卓に、母親がもらって来たアルファベットチョコレートが置いてあった。 赤ちゃんミルクくらいの大きさの缶入り。 3粒だけ、と思ってふたを開け…気づけば缶を抱いてむ…
咀嚼伯爵 池田美樹 【1】ひょうたん尻 「歯磨き粉って太るかな。」 「甘味料入ってるかんね。やばいよね。」 「まじで?じゃ何で磨けばいいんかな」 「塩じゃ?」 「それいいね。なんか絞れそうな気がするよね」 始まりは高校2…
夜の闇はもうそこまで来ていた。月明かりは弱すぎて、もはや「売物件」の文字も読めない。羽水さんの隣に立ったまま、俺は寒さに耐えていた。道路脇に止めたフォルクスワーゲン・ビートルが、迫る闇を拒むように白く浮かび上がって見え…
学校が五時限で終わる日、わたしは内緒でよく叔母の家へ寄り道した。 叔母は銭湯で働いていた。午前中に二時間ほど掃除をしに行き、夕方六時から夜十時まで番台に座っていた。 叔母が暮らすやよひ住宅は通学路の途中から少し逸れ…
孤独もなにもかも、自分がいなくなれば消滅する。 俺の中のさみしさも記憶も、俺が消えれば消滅する。欠片も残りはしない。なぜならそのもの自体が気配のようなものでしかないからだ。濃い気配は吐き出したとたんに薄まる。体の…
出荷部に配属されて間もないある日、休憩中に子どもの頃に観ていた特撮ヒーローの話になった。自分は小学生の頃、仮面ライダーブラックが好きで毎週観ていたと話したら、矢部くんも倉田てつをがいい顔しててさぁとか言い始めて「かめー…