サザンクス筑後で「ヒロシマ」を描いた『新平和』を上演

2019.08.05

広島アクターズラボ五色劇場(広島)が『新平和』(作・演出・構成:柳沼昭徳)を8月9日(金)、筑後市大字若菜のサザンクス筑後 小ホール舞台上特設ステージで上演する。

広島アクターズラボ五色劇場『新平和』

「あの日のことを聞かせてください」そう言われることに彼女は長い間苦悩してきた。
「こらえてつかあさい。うちゃあ、疎開しとってからヒバクシャじゃないけえ…」
そう言って口を閉ざしてきた。

広島の観光名所の一つ「平和記念公園」。
その緑豊かな公園は昔「中島地区」と呼ばれる賑やかな繁華街だった。
1945年8月6日午前8時15分
原子爆弾投下地点直下のその街は一瞬で「消滅」した。

広島アクターズラボ五色劇場『新平和』 広島アクターズラボ五色劇場『新平和』

広島アクターズラボ五色劇場が、原爆の爆心地であった「中島地区」と呼ばれる、現在の平和公園一帯で生活していた人々の記憶を演劇作品として上演する。団体名の「五色劇場」は、中島地区に実在した映画館の名称。本作のプロデューサーで、舞台芸術制作室無色透明の岩﨑きえに、作品について聞いた。

―広島アクターズラボ、五色劇場の活動内容について教えてください。

広島アクターズラボは、2016年に舞台芸術制作室無色透明の主催事業としてスタートした企画です。五色劇場は、広島アクターズラボに集ったメンバーが、なぜ自分たちが演劇をするのか、何を創作し世に出したいのかを俳優たち一人ひとりが考え、公演を行うに際して結成した劇団名です。

―広島アクターズラボ、五色劇場と立ち上げようと思ったきっかけを教えてください。

広島には演劇を専門に学べる大学がありません。そのため、この地で演劇をスタートすると、どうしても我流になってしまいます。演劇をするのに専門の教育が必要だと思っているわけではないですが、広島では演劇だけでは食べていけませんから、当然なにかしら仕事をしながら演劇活動を行うことになります。その環境で、演劇を内容的にもモチベーション的にも、趣味レベルから芸術活動レベルに引き上げるには、何かしら引き金となる先達の影響や密度の濃い環境、カンフル剤のような体験が不可欠ではないだろうかと考えました。
私自身、九州大谷短期大学表現学科演劇表現フィールドという演劇の専科で学んだことが現在の自分に生きていることが多いんです。それはただ単に公演の為の稽古だけではなく、狂言や日舞やバレエ、演出論や演劇史など、演劇にまつわる教養にどっぷり浸かる時間があったからではないかと考えました。
大学のように、とまではいきませんが、演劇をする上での教養や訓練を断続的に行える環境をつくりたいと考え、京都のアトリエ劇研(※1)から多くの優れた作品や俳優が輩出されていることにならい、アクターズラボを立ち上げました。

※1)京都のアトリエ劇研
1984年にアートスペース無門館として開館。その後、アトリエ劇研に改名し2017年に閉館した京都の小劇場。世界的芸術集団であるダムタイプを輩出した劇場としても知られている。

―『新平和』という公演プロジェクトを行おうと思ったきっかけを教えてください。

社会に開いた演劇を創りたかったんです。自身がやりたいことが演劇の始まりだけれど、それだけでは社会では成立しない。演劇が社会と共存していくために、広島でも「売り手良し、買い手良し、世間良し」と言われる作品を創りたいと思ったのが動機かな。でもテーマを決めたのは私じゃないんですよ。

―と言いますと?

当初、公演を目的としてなかったんですが表現活動を行う上で何かしら形にしようという話になった時、「原爆をテーマに作品を創りたい」と演出の柳沼昭徳(※2)氏とラボのメンバーから申し出があり、俳優とも話しあって「原爆」を題材に創ると決めたんです。
言わずもがな、広島は世界で初めて原子爆弾が投下された土地です。しかし74年の月日が流れ、我々の世代にもそれはリアルに起きた出来事と感じにくくなっています。そのことに漠然とした不安を覚えていました。「当事者」に最も近い空間に生きる我々が、原爆をリアルに感じなくなってしまったら、ここから離れた人たちにとって、それらはさらに遠く、ただ教科書に記される歴史上の一言になってしまうのではないか、という不安からこのプロジェクトを立ち上げようと考えました。あと、このことが今私の中にある「漠然とした不安」と交差したからでしょうか。

※2)柳沼昭徳
京都の劇団、烏丸ストロークロック代表。2016年度京都市芸術新人賞受賞。「新・内山」にて第60回岸田國士戯曲賞ノミネート。

―「漠然とした不安」というのは?

広島の演劇そのものに対する不安、でしょうか。演劇をすればするほど「閉じていっている」ような感覚を覚えているんです。例えば、原爆を題材にした演劇作品は世の中にいくつもありますが、広島で原爆を題材にオリジナル作品を創るという動きは長年ありませんでした。重く深く、複雑で難解な題材の演劇をつくるには時間がかかります。覚悟もいります。何より膨大な知識が必要です。ぶっちゃけそんな面倒なことをしなくても舞台に立つのは簡単なんです。「やりたい」と言って仕事に差し支えない程度に何かに参加すればどうにかなる。そういったことが「演劇をしてる」ことのスタンダードになっていく。いいのかそれでと。
その点、『新平和』は広島アクターズラボ、五色劇場の企画として思う存分時間をかけて作品を創れます。上演までに試演会などを経て3年間の時間を費やしました。

―参加者が3年もの間、モチベーションを維持するのは並大抵のことではないですよね?

全員が今より優れた俳優になりたいという覚悟をもって参加してるからだと思います。普通の演劇と全然違う創り方で、個々の課題製作、資料収集ありきの作品だったため、全員が生活や仕事に差し支えながらまさに必死だったと思います。怒号と涙と重たい沈黙の絶えない3年で(笑)。演じることの苦しさ難しさに常に晒されるこの環境だからこそ、『新平和』という作品に取り組めた思います。

―作・演出・構成に柳沼昭徳さんを選んだのはなぜですか?

彼の才能を見込んでのことですが、いちばんの理由は、私と彼がほぼ同年代ということと、付き合いが長かったことです。長年彼の作品を観てきて、その視点、言葉の選び方、そしてバランス感覚に卓越した人だと感じていました。また、柳沼氏の「俳優はただ演出の言うことを聞いているだけで芝居はできない。俳優自身が自立していなければ」という持論を、今の広島の俳優に体得してほしいと思ったからです。ちなみに前段でお話した「売り手良し、買い手良し、世間良し」というのは、日本の大企業を起業した人を多く生み出している近江商人の格言で、むかし柳沼氏から教えてもらったものです(笑)。

―最後にmola!をチェックしている方へメッセージをお願いします。

mola!をご覧のみなさま、こんにちは。広島で舞台芸術のプロデューサーをしている岩﨑きえです。この度、広島で行っている「広島アクターズラボ」の公演『新平和』を、この8月に九州で上演する機会をいただきました。長年演出家の不在を囁かれる広島で、アクターズラボのような企画をやろうと思ったら、どうしてもその職能をもった人材が必要でした。意見が衝突しても、話し合い、互いに歩み寄りながら修復し、企画をより良くできる関係性が築ける人材として柳沼昭徳氏とタッグを組むに至りました。
当初、原爆を扱うことを前提にはしていませんでしたが、この企画は彼自身が率先して原爆と真摯に向き合い、鋭い感性と蓄積した知識をフル回転させて取り組んでくれたからこそ成立したと思います。現在日本で原爆、いわゆる「ヒロシマ」を戯曲として描ける劇作家は柳沼氏だけだと思います。その成果を、九州のみなさまに観ていただけたらと心から願っています。
柳沼氏は受講生によく「俺がいなくなったら何もなかったことになるようなら意味がない」と叱咤激励していました。あくまで、広島や広島の俳優に何が残せるか、を念頭に取り組んでくれる人を選べて良かったと思います。
来年、2020年は広島、長崎に原子爆弾が投下されて75年の節目の年です。奇しくも「スポーツを通じて平和な世界の実現に寄与する」イベントでもあるオリンピックが日本で開催されます。この年に、この作品のアメリカ・ニューヨークでの公演を現在企画しております。政治や宗教に囚われない、芸術だからこそ言語や文化を超えて共有できるものがあることを願い、広島・福岡を経てアメリカの方々にこの作品を体験していただけたらと考えています。

出演は、池田あい、後白早智子、坂田光平、中島由美子、深海哲哉、藤井友紀、山田めい、東圭香、長澤拓真。

チケットは1,500円。予約フォーム、チケットぴあ(Pコード:492-844)、ローソンチケット(Lコード:82425)、サンリブ筑後0942-54-0101、久留米文化情報センター0942-33-2271、石橋文化センター情報サテライト0942-36-3080などでの取り扱い。

お問い合わせはサザンクス筑後0942-54-1200まで。


広島アクターズラボ五色劇場『新平和』

作・演出・構成:柳沼昭徳(烏丸ストロークロック)
日時:2019年8月9日(金)13:30/19:00
会場:サザンクス筑後 小ホール舞台上特設ステージ(筑後市大字若菜1104)
料金:1,500円

【関連サイト】
サザンクス筑後
広島アクターズラボ
舞台芸術制作室無色透明(Twitter)

※情報は変わる場合がございます。正式な公演情報は公式サイトでご確認ください。

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