活動を再開する勇気vol.3(行政編)
8月1日から、北九州市と公益財団法人北九州市芸術文化振興財団が共同で「北九州市文化芸術活動再開支援助成金」の交付事業を行っている。これは、6月19日から来年3月31日までに行われる音楽、演劇、舞踊、芸能などを公開の場で実演する事業に対し、施設使用料の50%を助成するというものだ。
小劇場演劇の制作者を支援するサイト「fringe」によれば、劇場費の支援は「客席を間引かざるを得ない現状に対し、スタッフ、キャスト、劇場の3者が生き残るための施策」であるという。
全国的に見てもまだ実施事例の少なかったタイミングで、いち早く施設使用料への補助を決めたのにはどういった背景があったのか。「北九州市文化芸術活動再開支援助成金」の窓口となっている公益財団法人北九州市芸術文化振興財団の担当者に話を伺った。
「文化の火を消さないように」表現者・施設の双方を支援する「北九州市文化芸術活動再開支援助成金」
岸本洋(公益財団法人北九州市芸術文化振興財団 総務経営課経営事業係長)
ーふだん舞台芸術の制作を生業にはしていますが、今回のコロナ禍において、舞台芸術活動の再開のタイミングは、すごく難しいと思っていました。アーティストが「表現活動をしたい」という気持ちもわからなくはないけど、じゃあ自分がお客さんとして公演を観に行きたいかと言ったら、「今はいいかな」と思っていた時期があるのも事実で。そんな中、北九州市が「北九州市文化芸術活動再開支援助成金」を創設するというのを7月下旬ごろに知って、「早いな」と思ったのが正直なところでした。結果的には、入場制限等の緩和が行われたタイミングですでにこの枠組みが動いているというのは、かなりありがたかったのですが。個人的な思いとは別に、社会的に必要な施策というのは確かにあって、この助成金の創設・実施などは特にそうだと思います。全国的にもかなり早めのタイミングで、施設使用料に対する補助を行うことになった経緯を教えてください。
「北九州市文化芸術活動再開支援助成金」は、市と財団が共同で進めている事業です。これまで文化芸術活動を行っていた方が、施設の休館であったり、外出しようにもしづらい世の空気であったり、そのような中で、活動しようにもなかなかできなくなっている状況があったと思います。また、その中でいちばん影響を受けているのが施設で、休館や、そもそも利用者がいなくなっているという状況を聞いていました。文化芸術活動は人々に感動や勇気を与えてくれます。そういった活動をできる限り支援したい、何かできることはないか検討した結果、今回この事業を市と共同でさせていただくことになりました。
ーもともとスタートから市と財団が「共同でやりましょう」という感じで始まったのですか?
市から「こういった事業を考えていますが一緒にやりませんか」とお話をいただきました。市は予算を、財団が実務を、という役割分担で進めています。
この事業は、文化芸術活動の再開はまだ早いのではないか、という声もあった時期にスタートしましたが、国が「新しい生活様式」で少しずつ経済活動を回していこうという動きがある中で、それに沿って感染対策をきっちりやりながら、「文化芸術活動も再開できるぞ」ということが発信できれば、それは市にとっても市民の方にとっても、いろいろな意味でプラスに働くのではないかと期待しています。
ー事業の実施も早いなと思いましたが、そもそも枠組みをつくろうという話自体も早くからあったのでしょうか?
この事業がスタートしたのが8月1日からでしたが、7月の初め頃に市から打診があり、財団でも協力しますというやりとりがありました。北九州市の北橋市長、うちの財団の理事長でもありますが、北橋市長がこの事業を発表したのが7月の中旬でしたので、約1か月という短期間で、かなりスピーディーに枠組みを整えることができたと思います。対象施設はどうするか、どのように審査を行っていくかなど、一つずつ細かく詰めていきました。早く事業を打ち出して、皆さんが活動できる環境を整えたい、機運を盛り上げたいと思いながら、急いで作業を進めました。
ー結果的に、感染症のあれこれが少し落ち着きを見せ始めた9〜10月に、こういった枠組みがすでにあって、動いているというのは、市内で活動する方々にとってよい選択肢の一つになるなと思いました。
そう言っていただけるのはうれしいですし、そう思っていただける方がたくさんいらっしゃるとうれしいですね。
ー7月の頭に市からの提案があって、中旬には市長が会見を行い、8月に実施に至るというスピード感、フットワークの軽さみたいなものは、どこから来ているのでしょうか?
市長を含め、文化行政に携わる職員の「北九州市の文化芸術の火を消さない」という想いの強さだと思います。
ーそのスピード感を守るために、スタート直前まで要綱などの細かいところを(経営事業係の)皆さんが整えられていた、と。
市の担当の方とは本当に直前まで、「ドラフトを作ったので手を入れてほしい」、「この文言で気になるところを教えてほしい」などといったような細かいやりとりをしていましたね。
ー9月の頭に、ある民間の劇場を運営されている方にお話を伺う機会があったのですが、7・8月くらいまで施設利用料が入らないので経営が苦しかったとおっしゃっていたのが印象的で。「劇場が潰れてしまうかもしれない」という話をリアルに考えさせられたんですね。それとは別に劇団側、施設の利用者側でも、客席を間引かないといけなくて収入が減るのと、ウイルス対策のグッズを買わないといけないので支出が増えるという現実があって、「せめて劇場費は安くならないかな」と思うという。劇場は使ってもらうために劇場費を安くすることを求められる、そうすると劇場はますます経営が苦しくなるという、もしかしたらいちばん影響を受けているのは劇場かもしれないという中で、劇場の自助努力で使用料を減額するのではなく、定価を担保したまま、行政が半額を補助する、結果的に利用者は使用料が安くなる上に、劇場にも使用料がきちんと入ってくるというのは、みんなハッピーな仕組みだと思いました。
施設側にとっても、表現活動をする側にとっても、双方にいい制度、いわゆる「文化の火を消さないように」という制度になったかなと考えています。あとは利用者が増えてくれればと思うのですが。
ー私たちも劇場を利用する側なので、「なんとかして減免が受けられないかな」と思ったことが多々あったのですが、劇場側の減免に甘えるのではなく、ちゃんと使用料を払うという意識を持って、利用者側がお金をなんとかして引っ張ってくる努力もしないといけないなと、すごく考えさせられた機会になりました。この助成金は、そういう気付きに対しての一つの回答だなと感じます。この枠組みをつくるにあたって、お手本にされたものなどはありますか?
市の制度設計の際は、兵庫県の事業(※1)を参考にしたと聞いています。そこに北九州市のオリジナルの部分も入れて、ライブハウスなどでの活動もサポートできるように設計しました。施設の種類や規模などの条件はありますが、活動が停滞している施設に利用者が戻るようになってくれればと考えました。
(※1)兵庫県の事業 兵庫県でも、公益財団法人兵庫県芸術文化協会が「芸術文化公演再開緊急支援事業」を実施。公共施設を中心に、84の対象施設が指定されている。 |
ー全国で一番早いというわけではなかったと思いますが、2番目か3番目くらいのスピードで始められましたね。
表現団体の方々にとっても、施設側にとっても、活動をしないということの影響がこんなに大きいのかということを実感しましたね。特に施設は、利用者がいなければ収入もなくなります。国や市などの行政も指針は示さないといけないんですけど、簡単に休業だとか外出自粛だとか言っても、その指針が及ぼす影響の大きさを実感しましたし、自分の中でも一つ一つの政策や取り組みをしっかり考えて判断しないといけないんだなと、改めて感じました。
ー緊急事態宣言が出るか出ないかくらいのタイミングだったと思うのですが、オンラインで演劇をやろうという動きが出てきて、いくつか作品も観ましたが、「やっぱり違うな……」と思ってしまって。
今回の助成金は、無観客での動画配信も対象になっています。オンラインを否定するわけではないのですが、やっぱり生で観るとか、生で聴くとか、観客の熱気であるとか、表現者の熱量であるとか、そういう直に伝わってくるものが「ライブでないと味わえない醍醐味」だと思うので、あれが今では夢のような感じになっているのがもどかしいですよね。そうは言っても、ひとの命を守る、安全を確保するというのは一番大切で、そのなかでできる活動を考えることは必要だと思います。その一歩として、オンラインも含めた取り組みはこのまま続けていかないといけないかなと思います。できれば生で観ていただきたいですし、足を運んでいただきたい、その場の空気を感じていただきたいとは思っていますが……。
ー隣の福岡市の話になりますが、福岡市の高島市長が、かなり早いタイミングで「ライブハウスなどは三密を楽しむ場所」と言われていて、その上でできる支援を打ち出されていて、すごく分かりやすいなと思ったんです。劇場もライブハウスも密だから楽しいところはありますよね。それがいまの時勢に合っていないというのがつらいのですが……。
そうですね。私もむかしライブなどを観に行ったりしていましたが、ダイブであったりとかを「邪魔だな」と思いながらも(笑)、やっぱり楽しんでいましたし。ああいうことがまたできる日が来るのかなと思ってしまいますね。そうはいってもただ、「今できることをやる」と。それしかできないからですね。そうしてまた新しいやり方が見つかっていったりもするのかな、とも思いますし。残念な部分もあったりしますけど、過去は過去ですし、新しいやり方を模索していくときなのかなと思っています。
ーこの助成金が創設されて2か月が経ちますが、反応はどういった感じでしょうか?
8月からスタートした事業ですが、6月19日の公演からが対象となっていますので、「これは大丈夫ですか?」というお尋ねがあったり。表現者の方以外にもライブハウスなどの施設の方からもお問い合わせがあります。申請自体はまだまだ多くはないのですが、演劇、ライブ、音楽の発表会などの申請が来ており、書類を見ていろいろな活動が再開しようとしているんだなというのを実感するところもあります。
ただ、まだ制度の周知ができていないのかなという反省もあります。助成などを積極的に活用しようとする方はすでにご存じかもしれませんが、それ以外の方に届ける手段がなかなかないので。
まだこの制度をご存じない方に向けて、今からもう少し広報できたらいいかなと思っています。新しくチラシを作って施設に置かせていただいて、利用者の方々に声をかけていただけないかとお願いする予定です。3月までの公演が対象となるので、「この助成金があるならやってみようかな」と思えるきっかけになればと。お問い合わせなどはこちらに細かく聞いていただければ、様式や書き方についてはご案内させていただきます。
イベントの開催制限が緩和され、演劇公演を含めさまざまな表現活動が徐々に再開し始めた。依然としてそのハードルはあるかと思うが、すでにいくつかのノウハウが共有されているほか、国や自治体でもさまざまな補助施策が行われている。「文化の火を消さない」ためにも、受身になることなく施策を積極的に活用し、ひとつでも多くの団体が、文化芸術活動を再開するための第一歩を踏み出すことを期待したい。
【関連サイト】
北九州市「北九州市文化芸術活動再開支援助成金のご案内」
公益財団法人北九州市芸術文化振興財団「北九州市文化芸術活動再開支援事業について」
※情報は変わる場合がございます。正式な情報は公式サイトでご確認ください。