木ノ下歌舞伎が初の久留米公演、木ノ下裕一インタビュー

2021.06.18

木ノ下歌舞伎(京都)が『義経千本桜ー渡海屋・大物浦ー』(作:竹田出雲・三好松洛・並木千柳、監修・補綴:木ノ下裕一、演出:多田淳之介(東京デスロック))を7月1日(木)、久留米市六ツ門町の久留米シティプラザ 久留米座で上演する。

木ノ下歌舞伎『義経千本桜-渡海屋・大物浦-』(2020)撮影:bozzo

木ノ下歌舞伎『義経千本桜-渡海屋・大物浦-』(2020)撮影:bozzo

平安時代末期。源⽒の武将・源義経は、6年間におよぶ源平合戦で大活躍をみせ、敵対する平⽒を屋島で撃破する。しかし、英雄・義経には思わぬ不遇が待っていた。兄・源頼朝に不信感を抱かれ、鎌倉に⼊ることを禁じられたうえ、謀反の疑いをかけられてしまったのだ。
⼀転して追われる⾝となった義経はなんとか潔⽩を証明しようとするが、家来の武蔵坊弁慶が頼朝からの追⼿と衝突したことでさらに苦しい状況に⽴たされる。そこで義経⼀⾏は、ついに九州への都落ちを決めるのだった。
嵐の⽇、義経⼀⾏は九州への船を頼りに、大物(現在の兵庫県尼崎市)の渡海屋(船問屋)を訪れていた。⾬が上がるまで渡海屋に泊まっていた義経たちだったが、そこに頼朝からの追⼿が現れる。主⼈の銀平や⼥房のお柳は追⼿を追い払い、すぐに船を出すと義経に申し出るが、実は銀平たちには計画があって……。

京都を拠点に、現代における歌舞伎演目の可能性を検証・発信し続けている木ノ下歌舞伎。歌舞伎演目の歴史的な文脈を踏まえ、その普遍性と同時代性を描くことで高い評価を得ている。2012年の初演から再再演となる代表作『義経千本桜ー渡海屋・大物浦ー』を、今回、初の久留米シティプラザで上演する。

歌舞伎三大名作のひとつでもある『義経千本桜』は、源平合戦の後も平家の武将たちが生き延びていたら、という架空の物語。「渡海屋・大物浦の場」は全五段からなる『義経千本桜』の⼆段目にあたり、海に⾝を投げて⾃害したはずの平知盛が、船宿の主⼈となり義経に復讐を企てるという内容。

本作の演出は、2012年の初演、2016年の再演に続き、多⽥淳之介(東京デスロック)が務める。令和への改元や、新型コロナウィルスという未知の脅威にさらされた現代において、本作品がどのように立ち上がってくるのか。監修・補綴を務める木ノ下裕一に訊いた。

木ノ下歌舞伎『義経千本桜-渡海屋・大物浦-』(2020)撮影:bozzo

木ノ下歌舞伎『義経千本桜-渡海屋・大物浦-』(2020)撮影:bozzo

ー2016年の再演から5年経ち、この5年で世界が目まぐるしく変わりました。特にこの1年は、生活そのものを見直すことを余儀なくされ、価値観が否応なく変えられていった1年だったと思います。そんな中、今回の上演作に『義経千本桜―渡海屋・大物浦―』を選んだ理由はなんですか?

2021年のスケジュールを組むときには、こんなにめまぐるしく私たちを取り巻く状況が世界規模で変わるとは思ってなくて演目を選んでいました。
この『義経千本桜』という演目は、日本を問い直す演目なんですよね。源氏と平家が争っていて、中心には天皇がいる。源氏と平家、その戦争責任がどっちにあるのか、戦後処理の問題とか、天皇制の問題とか。現代人が読めば、そういうテーマについて否応なく考えさせられます。源平の争乱で没したはずの平知盛という人が、実は生き延びていたというのが本作の独自の設定なのですが、過去自分たちがやってきた戦争や戦乱をもう一回振り返る、過去を考え直す、そもそもはそんなドラマなんですよね。本来は去年(20年)にオリンピックが実施され、ポジティブな“ジャパン像”が過度にもてはやされたり、祝祭ムードが色濃くなっているような風潮の中で『義経千本桜』を上演したら、「見るべきものを見なかったことにしてないか?」「本当に復興五輪でしたか?」とか言えるかなと思って選んだんですけど、まさかのこの事態に。意味合いが変わってきちゃいますよね。

意味合いが変わりながらも4月に上演したんですけど、結局行き着いた先としては、“分断”という問題だと思います。『義経千本桜』は源氏と平家というひとつの大きな分断がまずありますよね。それから男と女という違いもある。男は戦う、その影で女性が戦乱のあおりを受けてどんどん死んでいくとか。ほかにも天皇と武士や庶民などの普通の人々との間にも分断がありますよね。その分断をどう乗り越えることができるのか、または、できないのか。敵対するもの同士がどうすれば和解できるか、ということを問う物語だと思っています。

義経と知盛が最後におこなうのが武力の決着ではなく、天皇をも交えた話し合いになる、話し合いで決着をつけるという物語なんですけど、それはすごく現代に必要な力だなと思っています。その対話の際に重要になるのが、「痛みに共感する」ということなんですよね。義経は義経で、勝者であったときに話し合いをしていたら、多分こういう物語にはなってないんですよね。義経は都落ちしていて、いわば勝者から敗者へ転じている。ある意味で、平家の残党と同じ立場でもあります。痛みを抱えた弱い側になったことで、知盛の気持ちがわかる。相手の痛みや辛さということに心を寄せるということが、解決につながる……解決はしなくても歩み寄るところが、今必要なんじゃないかなという感じがしています。

ーこの5年の変化が今回の再再演に影響しているとしたら、どういった部分でしょうか?

ラストシーン近くの知盛と義経の対話のシーンには、演出の多田さんもすごくこだわって、16年から更新されています。多田さんも稽古場では「分断」ということをしきりにおっしゃっていたし、すごく微細な演出を重ねておられました。今のこの状況に演劇でもって「立ち向かっていくんだ」という気概を感じました。

木ノ下歌舞伎『義経千本桜-渡海屋・大物浦-』(2020)撮影:bozzo

木ノ下歌舞伎『義経千本桜-渡海屋・大物浦-』(2020)撮影:bozzo

ー今回初となる久留米公演に向けて、期待していることを教えてください。

やっぱり、初めての土地で上演させてもらうということは特別なことです。新しいお客様と出会えるということは、緊張するけど楽しみ。どんな感想をもたれるか興味がすごくあるし、いただいた感想が確実に僕たちの糧になります。

久留米は2年前に少しだけお邪魔したんですね。岸井大輔さんのやってらっしゃる安徳部の活動(※1)に、プライベートで参加させていただいて。久留米に残っている平家の落人伝説の史跡を案内してもらったんですよね。安徳天皇が祀られた水天宮とか、平家が河童になって生きている川とか、知盛の墓とかたくさん巡らせてもらったんですけど、歴史上では壇ノ浦で死んだことになっている知盛や安徳天皇が実は生きていて、久留米のこの地で命を全うした、それを信じて伝えてきたということは、すごく尊いことだと思うんです。これって、『義経千本桜』という作品の根本的な発想とよく似ているんですよね。この作品は、源平の争乱で海に沈んだはずの安徳天皇や知盛たちが実は生きていたという設定のもと、「もし義経と出会ったらなにを語るのか」を描いた作品。後世の浄瑠璃作者がそういう物語を書いた動機ってなんなのでしょうね。いろいろな理由が考えられます。「今一度、歴史を振り返ろう」ということだったのかもしれないし、追悼の意の現れだったのかもしれない。「非業の最期をとげた人に違う結末を用意してあげよう」というやさしさだったのかもしれない。これって、歴史上では8歳でなくなったことになっている安徳天皇が実は生き延びていて、ちゃんと成人して天寿を全うしたという独自の「安徳伝説」を伝えた久留米の人々の心と、すごく近いような気がするんです。そんな「落人伝説」をたくさん伝えてきた久留米で、いつか『義経千本桜―渡海屋・大物浦』を上演したいなとずっと思ってましたので、すごく楽しみです。

※1)岸井大輔さんのやってらっしゃる安徳部の活動
劇作家の岸井大輔が久留米シティプラザで行っているワークショップ「くるめと安徳天皇伝説」。通称「安徳部」。

ー最後に、今回の見どころを教えてください。

歌舞伎に詳しくなくても、歴史が苦手でも、演劇をあまり観たことがなくても、楽しめるように作ったつもりです。だから、いろんなお客様にお楽しみいただけるんじゃないかなと思います。歌舞伎ってどうしてもストーリーが入り組んでいたり、知盛にしても義経にしてもその経歴かわかってないと物語についていけなかったりと、ビギナーが面食らうことも多いですよね。木ノ下歌舞伎版は、それらをフォローするような構成になっています。

前半の30分くらいは『義経千本桜』の物語にいくまでの前段の歴史背景とか、なぜ源平が争うことになったのかとか、早わかりダイジェストみたいな感じで凝縮してお届けします。そういうパートがあってから本編に入るので、自然と物語の世界に入っていただけるのではないかと思います。

あとはやっぱり多田さん自身が、「演じるということの遊戯性」をすごく考えられる演出家なので、そういう面白さもふんだんにありますね。たとえば『義経千本桜』は複雑で、みんな何かを“演じている”んです。知盛ははじめ、船宿の主人に身をやつして、正体を明かさない。そうやって義経たちをだましている。義経はそれに感づきながらも知らないフリをしている……つまりみんななにかを演じているわけですよね。すごく複雑な構造で、今回の場合だと(俳優の)佐藤誠さんが知盛を演じている、その知盛が船宿の主人を演じているっていう何重の構造にもなっていて。「演劇の中で演劇している」みたいな遊戯性の帯びたドラマでもあるんです。この演目の遊戯性を、演出の多田さんは堅苦しくせずに、あるところではすごくポップにコミカルに描き、取り出して見せてくれる。歌舞伎はやっぱりエンターテイメントですから遊戯性を身上としますよね。演劇の遊戯性を重んじる多田さんとは相性がいいのだと思います。

天皇制に触れていたり、人がたくさん死んでいった源平の争いが背景にあるので、どうしても重たい物語ではあるんですけど、そのズシンとくる感じと本来歌舞伎のもってる遊戯性のコントラストも見所のひとつかなと思います。

出演は、佐藤誠、大川潤子、立蔵葉子、夏目慎也、武谷公雄、佐山和泉、山本雅幸、三島景太、大石将弘。

チケットは、一般3,500円、U25 2,500円、高校生以下1,000円。久留米シティプラザ、カンフェティでの取り扱い。

お問い合わせは久留米シティプラザ0942-36-3084まで。


木ノ下歌舞伎『義経千本桜ー渡海屋・大物浦ー』

作:竹田出雲・三好松洛・並木千柳
監修・補綴:木ノ下裕一
演出:多田淳之介(東京デスロック)
日時:2021年7月1日(木)18:30
会場:久留米シティプラザ 久留米座(久留米市六ツ門町8-1)
料金:一般3,500円
   U25 2,500円
   高校生以下1,000円
上演時間:約2時間10分

【関連サイト】
木ノ下歌舞伎
久留米シティプラザ『義経千本桜ー渡海屋・大物浦ー』公演詳細ページ

※情報は変わる場合がございます。正式な情報は公式サイトでご確認ください。

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