活動を再開する勇気vol.1(アーティスト編)
夏ごろから、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止に留意しつつ、演劇の公演活動が再開し始めた。観客の入場制限も緩和されたため、これからますます活動再開に向けた取り組みが盛んになっていくと思われる。しかし、総客席数の大幅な減少(=入場料収入の大幅減)に加えて、新型コロナウイルス対策のための支出増加が予測されることから、早くから活動再開できたのは、体力のあるカンパニー・劇場に限られていたのが現状である。
「劇場での公演活動を再開したい」という理念と、再開に向けた現実とのギャップもさることながら、劇場での活動再開には一体どのくらいのハードルがあるのか、課題はどこにあるのかといった「実状」を知らないまま、漠然と不安を抱えているのも、活動再開に二の足を踏む一因となっていると考えられる。
そこで今回mola!では、「活動を再開する勇気」と題し、すでに活動再開に向けて取り組んでいる実演家・劇場や、それを支える行政の取り組みを紹介し、実状を知ってもらうことで、「自分たちにできる範囲の活動」を具体的にイメージし、活動再開のハードルを下げることに寄与したいと考えている。これまでmola!は「九州の演劇情報」という枠組みに特化した記事を掲載してきたが、今回の特集では九州に縛られることなく、九州外の地域も含めて、いち早く公演活動再開に取り組んできた事例を紹介したい。
1回目となる今回は、北九州を拠点に活動する有門正太郎プレゼンツの代表、有門正太郎に寄稿を依頼した。有門正太郎プレゼンツは9月24日(木)〜25日(金)、同じく北九州にある枝光本町商店街アイアンシアターと協働して、灯プロジェクト試演会『アリプレメモリーズ』を実施。準備から実施に至るまでの心境や実感などを綴ってもらった。
枝光本町商店街アイアンシアター×有門正太郎プレゼンツ 灯プロジェクト試演会『アリプレメモリーズ』作・演出:有門正太郎 日程:2020年9月24日(木)14:00/19:00 25日(金)14:00/19:00 定員:各回30名(事前申込制・先着順) 料金:無料 出演:朝原望、河﨑日向子、黒澤紋子、西山倖樹/有門正太郎、有門龍之介、木下海聖、野村法可、門司智美ほか |
「同じ場所に一緒にいる事の大切さを痛感した日々」有門正太郎(有門正太郎プレゼンツ/北九州)
このような文章をどう書いて良いかと考える前に、とりあえず思いのままに書いてみようと思います。「有門正太郎プレゼンツ」という劇団を主宰している有門正太郎と申します。いつも自己紹介する時に二度も名前を言うのが恥ずかしく、何度も改名したいと考えましたが、気づけば15年も経っております。
先日、枝光本町商店街アイアンシアターで灯プロジェクト試演会『アリプレメモリーズ』という公演を行いました。コロナ禍で初めて本番を終えた今、折角なので経緯や感じた事をここに記そうと思います。
発端は、リニューアルオープンが遅れたアイアンシアターへ6月末の内覧会に行った事。ホールや楽屋、スタジオのリニューアルにweb配信まで可能になった劇場。しかし街は緊急事態宣言は解除されたもののコロナ全盛期。具体的な予約が入ってない現状を聞いてふと「みんな何してるんだろう? 会いたいな」と思い、「井戸端会議」と題して地元の演劇人に声をかけ、アイアンシアターに集まってもらった。気づけば想定以上の50名の参加があり、急遽2日間に分けて開催。約半分が大学生だったことが嬉しい誤算でもあり、新しい出会いがあった。この時からコロナの新しい生活様式を痛感する。集まるなら感染経路が後から分かるように連絡先の確認、検温のお願い、消毒、換気を行ったのと、今では当たり前だが、初めて付けるフェイスシールドは宇宙飛行士のような気分になってちょっとニヤニヤしてた事を覚えている。「この期間何してた?」とグループに分かれて話している様子を見て気付かされた。この数ヶ月、新しい未知の不安な情報を沢山吸収しすぎて過呼吸気味になっていたんだと。お互いがこの期間何していたかを吐き出すだけで、みるみる顔が柔らかく、すっきりしていくようで嬉しかった。
数日後、アイアンシアターから連絡がきた。「灯プロジェクト」試演会をお願いできないかと。アイアンシアターが地元演劇人のために「灯プロジェクト」と銘打ったパッケージを作ってくれたのだ。客席が三方囲むように配置され、紗幕の蚊帳の中の舞台でお芝居が行われる。客席も舞台端から2メートル、客席同士もしっかりと距離を取られ、照明、音響の基本仕込みは出来ており、学生でも操作出来る工夫がされている。
出演できるか劇団員に声をかけたが、飲食業、教育関係の職場の理解は難しく、断念せざるを得ないのを見るのは本当に辛かった。急遽、劇団員の学生たちに一緒にやってみたい役者を挙げてもらった。井戸端会議で出会った縁が早速生かされた形だ。顔合わせはweb会議から始まった。自己紹介や世間話は問題ないが、やはり台本を読むとなるとzoomは向いてない。間やテンポはどうしても通信のラグのせいでリズムが掴めない。後は演劇によくある「一緒にセリフを言う」のが不可能だ。じゃあ実際に会うしかない、会おう。稽古場で心がけたのは、短い休憩を多く取ること、換気の徹底、俳優同士は触れない、マスク着用、使用した椅子などの除菌。
やはり学生は感染リスクや予防に対して少し緩い印象を持った。そこは毎度丁寧に声かけしていけばすぐに慣れていった。出演者は初めてのメンバーも多く、普段はコミュニケーションワークショップなどを行いながら関係を縮めていくのだが、今回は近づくのが難しいので全員で車座になり会話をしながら心の距離を縮めていった。学生は今の状況をどう捉えているのか、将来の不安や何故演劇を始めたのかを丁寧に話す事が、結果的に関係性を縮めたと思う。新しい生活様式ではないが、このやり方は他のワークショップなどでも転用可能な気がした。
今回の公演は、観客との距離も適性に確保されている事、科学的根拠はないが紗幕で境界を作り安心感も与えている事もあり、劇場側と協議し、舞台上ではマスクの着用などはせず、出来るだけ感染予防はしながらも違和感のない上演を目指した。
いざ本番前になると、稽古中に付けているマスクをどのタイミングで外すのが適正なのか迷った。結果的に、劇場入りして場当たり直前までマスク着用だった。想定はしていたが、役者同士の表情を初めてに近い形で見ることになり、場当たりに通常より時間がかかった。こまめな換気と手指の消毒、毎日客席をアルコールで拭く作業にも慣れて来た。
いよいよ本番当日。念入りに消息された客席にお客さんが入って来た。
今回は試演会という名目とリニューアルしたアイアンシアターへ是非一度足を運んで欲しいという意味合いもあり、地元周辺の方々、行政の方も多く、毎回前説で確認したところ30%くらいの観客が初めて「有門正太郎プレゼンツ」を観る方だった。こういう出会いは本当に嬉しい。
客席にお客様が座っている。こんな当たり前の事が本当に久しぶりで何とも不思議な気持ちになった。嬉しいだけじゃなく、見届けに来てくれた感謝というか、やはり来場する側も今回はかなりリスクを背負って来ていると感じた。だからこそ我々は精一杯の作品で豊かな時間を作るしかない。初めて観る地元の方に「演劇って楽しいかも」と思って頂けたら、コロナだろうがこの機会に大歓迎だ。
いよいよ幕が上がる。会場のBGMがだんだんと大きくなり、照明が暗くなっていくあのドキドキ感。暗転の中スタンバイする俳優。後のアンケートに「この瞬間でウルっときてしまいました」という感想が多かったのも興味深い。今回40分弱の上演を4ステージ行った。ソーシャルディスタンスを十分にとった客席は30席、ほぼ毎回満席に近い状態で公演は行われた。
観客の反応だが、やはり最初の10分ほどは声を殺しながら見守ってる雰囲気があった。リアクションの無い舞台というのは演者を鍛えてくれる。
信じてやり続けるしかない。次第にクスクスから笑い声が演者まで届くようになる。毎回ではなかったが演劇を観るのが初めての方も多く、客席も離しているので、観客との一体感みたいなものを感じるのには少し時間がかかるようだった。
受付周りも今までとは違う事が多く、今までにない苦労や工夫があった。
まず差し入れ。劇場自体が差し入れを断ってることも多い。実際今回もホームページにはお断りの文章が載っていた。しかし来るのだ。ありがたいことだ。再開を応援する意味もきっとあるだろう。断ることも考えたが、劇団に判断を委ねられたので、差し入れ頂いた方に直接専用の段ボールなどに入れてもらい、名前の記入をお願いする形をとった。どのように対応するのが適正なのか。一方的に断る事が正しかったのかもしれないとも思う。
話を本番に戻そう。久しぶりの照明にたっぷりの汗をかきながら公演は終了、カーテンコールでの拍手の大きさに、リアクションを我慢していた観客の気持ちが表れているようで、今回一番の印象深い経験だった。
公演を重ねる事で見えてくる事も多かった。楽屋だ。初日はやはり緊張とずっと自粛で公演が出来なかった事もあり、きっちりとルールを守っていたが、それ以降はどうしても安堵と緊張の糸が切れるからか、演者の距離感が近くなっている印象だった。そもそも演劇は人と人の関係性の芸術だと思っている。本番を終え、一緒に何かをなし得た仲間意識のような事から距離が近くなってるのかもしれない。それは本来喜ばしい事であり、それこそ演劇的ではないかと思う。しかしそこを注意喚起しなきゃならん事が本当に気力を奪っていった。心の中で「演劇は三密だ、三密は芸術だ!」と岡本太郎風に叫ぶのが精一杯だった。
小劇場界隈では公演後に「客出し」と言って、来場された方に出口で挨拶する事も多い。率先してやる劇団や楽屋に通して面会するなど様々だが、今回は全て行わなかった。劇団員が直接予約を取り付ける事も多く、だからこそ直接「ありがとう」という感謝を伝えたいのだが、その場が無くなった。客出しについては賛否あると思う。作品の余韻を楽しみたいのに出演者がロビーで知り合いのお客様と楽しそうにしてるのは興ざめするとか、出口に両サイドから「ありがとうございました」と出演者に言われるとなんだか恥ずかしくて苦手などという声もある。劇団主宰として、会場を後にするお客様の表情などは、作品の反応が伝わるのでかなり参考になり、演出家が観客に紛れて反応を伺ってる様子はよく見かける。それが出来ない。これも今後は当たり前になっていくのかもしれない。「新しい生活様式」では無いが、今回の公演で分かった事、気づいた事、改めて演劇と向き合えた事など副産物は多い。これからも創作はやめられないと再認識できた公演だった。