車の歌(第1回)
あたりは暗くなり始め、事務所の前の外灯が不安定な明滅を繰り返していた。茶を飲んで温まった身体がもう冷えた。和田はジャンパーのボタンを留め、小走りで駐車場に向かった。すると、いつもはがらがらの駐車場がものの10分で満車になっていた。さっき適当に停めたせいで、隣のEルグランドとの間が数十センチしかなかった。和田は舌打ちした。助手席側のドアからシフトレバーをまたいで運転席に座り、エンジンをかけた。頭から突っ込んだため、バックで出庫せねばならない。大多数の者がそうであるように、和田も前進よりバックの方が下手だ(前進も下手だが、バックはさらに下手だ)。運転技術を数値化できたとして、平均が70点くらいだとしたら、和田は2点だった。運転免許を取得するには50点が必要なのだが、和田は仮免を7回、本免を12回受けており、つまり試行回数を増やすことで、たまたまうまく行った試験の時にたまたま50点が出、たまたま取得できてしまった。教習所の金は親が持った。
バックは、ハンドルを切った方向と、実際の車の動く向きが、どうにも頭の中で直結しないのだった。確率は50パーセント。和田はハンドルをぐっと左に切りアクセルを踏んだ。もはや予定通りとも言えるのだが、和田の想像と逆方向にFィットは下がり、あっ、と思った時にはすでに遅く、Eルグランドの側面にこつんとぶつかった。やべえあぶねえギリセーフと、一旦前進し、ハンドルを右に切ってバックしたはいいが、アクセルを踏み込み過ぎたのか今度は反対隣りのVェルファイアにぶつかり、Vェルファイアのヘッドライトが飛び散った。そして今さらのようにEルグランドの警報音がけたたましく鳴り響いた。
和田は焦った。持ち主は近所にいるに違いない。Eルグランドなんかに乗ってるやつはイキリ倒してくるに決まっている。そして口論の末ぶん殴られて歯が二、三本折れて痛い。金が飛ぶ。歯医者めんどい。やだ。あと仕事がなくなって酒に溺れて自己破産して違法薬物に手を染めて逮捕されて獄中で死ぬ――妄想が妄想を呼び、和田は逃げようと思った。なり振りかまっていられない。イチャつく男女よろしく、VェルファイアとFィットの車体をゴリゴリ擦り付け合いながらバックした。Vェルファイアの警報音も鳴り出した。いつもは閑散としている周辺がものすごく賑やかになった。何事かと人が集まり始めた。まるでハロウィンの時のK固公園のようだった。事務所の窓から小野が顔を出した。EルグランドとVェルファイアのドライブレコーダーが作動した。駐車場の監視カメラも見ていた。和田は発進し、駐車場の出入り口付近のTントカスタムにもついでにぶつけ、その場を逃げるように去った。割れたヘッドライトや何かが駐車場の照明に反射し、きらきらして綺麗だな、と小野は思った。