車の歌(第2回)
入口の自動ドアががたがたと左右に開いた。待合室には「そのパーマ、贔屓目に見ても失敗だよ」っていう髪型のおばはんがいて、和田を一瞥してすぐスマホに目を落とした。和田は受付に立っている、悪人面のイカつい看護師に話しかけた。
「あの、すいません、今、そこの前の道で、カモを轢きまして……」
「……は?」羊毛をフェルト化していた手を止め、ドスの効いた声で看護師が反応した。眉間の皺に、これまで睨みつけて来た人の数が刻まれていた。
待合室には、オルゴールバージョンのPプリカが流れ、患畜の心を安らかにした。ベンチを見下ろす形で液晶モニターが設置され、動物病院専門チャンネルを放映しており、丸っこい犬のキャラクターが、ウサギの卵巣子宮摘出手術の様子を詳しく解説していた。
「いや、だから、カモです。轢いちゃいまして……」
「お前が轢いたのか」
「いや、まあ、そうなんですけど、道路交通法は守ってたんであれなんですけど……」
「じゃあ、カモが悪いっていうのか?」
「いや、カモには、道路交通法はわからないっていうか、悪くないと思うんであれなんですけど……」
「じゃあ、誰が悪いんだ?」
「いや、この場合、誰も悪くないっていうか、いい、悪い、じゃなくて、悪くないと思うんですけど……」
「カモ轢かれてんだから、誰かが悪いだろ」
「じゃあ、まあ、あえて言いますと、交通量の多い道路を、せまいまま放置してる行政が……」
「お前が悪いだろうが!!」と、看護師が受付のカウンター越しに和田の胸ぐらを掴んだ。飾られていた陶器の招き猫が落ちて割れた。
「すいません、すいません……」和田は反射的に謝った。何か不都合があった時、心の中では謝っていなくても、口ではとりあえず謝るスキルを和田は持っており、それを発動させた。なんとその速度コンマ2秒。招き猫が落ちて割れるよりも早かった。うろ覚えであるが、劇作家・演出家であるH田Oリザ氏が著書「G代口語演劇のために」で、俳優に対し「セリフの間をちょっと詰めて」と指示した場合、人間はコンマ5秒まで対応可能であるとたしか言っていた。和田の謝罪スキルはS年団の俳優の反応速度の上を行った。それはそれとして、喉仏を押さえつけられて苦しかった。