車の歌(第3回)
ソバ屋の暖簾をくぐって格子戸を開けると、「ピン、ポン」と間の抜けた入店音がし、ダミ声のジャズが聴こえてきた。アナログ盤のようで、ぷつぷつとノイズが混じっていた。10人も入れば満席の、カウンターだけの細長い店で、厨房の寸胴鍋からもうもうと湯気が立ち、「いらっしゃいま。」と言った店員の顔も見えなかった。「『せ』は?」と和田は思ったがスルーした。
「これ、となりの動物病院の先生から、ここへ持って来いって言われたんですが……」
和田は黒いビニール袋を提示した。
「あ、はい、お預かりしまーす」と湯気の中から店員の手がにゅっと伸びてビニール袋をつかむと、また湯気の中に引っ込んだ。顔は相変わらず見えなかった。
和田はパチンコ台に金が吸い込まれて行く時と同じ感覚を覚えた。黒いビニール袋、ニアイコール、一万円であるから。持っていた所でどうしようもないが、ちょっともったいない。圧倒的貧乏性的典型的発想だった。ソバ屋でカモをどうするのだろう。捌くのか。いや、捌かんだろう。大抵は肉屋などから調達するものだ。そんなの聞いたことがない。しかし聞いたことがないだけでそういうものなのかもしれない。自分が何でも知ってると思ったら大間違いだ。むしろ知らないことの方が多い。俺は広大な宇宙の中のちっぽけな生き物。捌くことがあったっていいじゃない。ジビエ的なことでね。
「それ、どうするんです?」
「どうするって?」
「いや、どうするのかなーって……」
「どうもこうも、そうですね、まあ、処理してアレしますけど」
「アレ?」
「アレはアレですよ。ソレと言ったらソレなんですけど。どっちかと言えばアレです。で、ご注文は?」
「え、あ、じゃあカモ南蛮」和田は流れで注文した。ここで食う気はなかったが、腹も減ったしまあいいかと、格子戸から一番近くの椅子、カウンターの端に座った。「カモナン1丁ー!」と顔の見えない店員が言うと、「はい喜んでー」と4~5名の野太い声が返って来た。厨房そんなに人数いるの!? と和田は驚いた。