車の歌(第3回)

2021.02.13

 女に腕を組まれ、二人は「そっち系のあれ」まで歩いた。夜風が冷たかったが、それを理由に和田は女に必要以上にくっついた。ニット越しに胸のやわらかい感触が伝わり、悶々とした。湯気はさすがに消えたが、女はこの暗い中、ティアドロップ型のサングラスをかけており、やはり目元は隠れていた。
 「そっち系のあれ」が何なのかよくわからないが、まあ、風俗だな、風俗だろ、そっち系のあれだぞ、だとしたら金がいよいよ足らん、カードはあるが家賃が払えん、しかし、そういった行為をいたすこと自体はまんざらでもなし、なんなら願ったり叶ったり、リボの限度額までまだ余裕あるし、ここはいっちょ行っとくか! と、酔いも手伝いフラフラついて行った。足元がおぼつかず、カモ南蛮が器の中でてんやわんやなっていた。
 車道から外れた路地はさらに細くなり、しんと静まり返っていた。入り組んだ住宅街を右へ左へと進み、たどり着いた店の看板には「もみほぐし空間 柔々」「タイ古式マッサージ」「至福のリラクゼーションタイム」などと書かれていた。普通の貸しビルらしき店舗はエキゾチックに飾り付けられ、甘ったるいお香の匂いが外まで漏れていた。「さあどうぞ」と、女は入口のドアを開け、店内の一角、カーテンで仕切られた施術台に和田を案内した。「じゃあ、上半身だけ脱いでくださる?」
「やっぱり」
「は?」
「いえ、ですよね」
「オイルを使うの。準備してくるから待っててちょうだい」と、女はカーテンの外へ出て行った。
 曼荼羅をあしらったタペストリーが壁に掛けられ、じっと見ていると模様が動き出して吸い込まれそうになった。酔いと香でくらくらした。和田は言われた通り、ジャンパー、上着、シャツ、タンクトップを脱ぎ、ついでにズボンとパンツも脱いで施術台に座った。備え付けの棚にはピンク色のガネーシャの置物が横たわり、目を見開いていた。和田の和田を品定めされているようで居心地が悪く、和田はカモ南蛮をガネーシャの前に置いて目線を遮った。
 カーテンで仕切っているくらいだから、他にも施術台はあるのだろう、男性同士の会話が漏れ聞こえてきた。
「ああ、そこ、いいですわ、いい、すごくいい、なんて言うか、これ、どう表現すればいいんだろう、そうだな、端的に言えば、いい」
「えぇ、ガチガチに凝ってます」
「いいっすわ、いい、けっこう、とても、かなり、大変、ベリー、それ相応に、いい」
 男性同士のそれもあるなんてサービス豊富なんですね、と和田は耳をそばだてた。エアコンの設定温度が低いのか、腕に鳥肌が立ち、身震いした。陰茎と金玉は縮みあがっていた。
「お待たせしました」
 桃色のスクラブに着替え、髪を一つにまとめた女がカーテンをあけた。サングラスを外した目元にはモザイクがかかっており、いよいよ風俗雑誌のそれのようで、和田は興奮した。「よろしくお願いします!」と和田が和田の和田と共に立ち(勃ち)上がった瞬間、女が悲鳴を上げた。
「ちょっとお客さん、何て格好してるんですか!」女は目元を手で覆った。覆わなくてもモザイクかかってんじゃんと和田は笑った。「いやいや、ここ、そっち系のあれでしょ?」
「肩をマッサージするんです! 上半身だけって言ったでしょう!」
「だから、手間を省いたんですよ。どうせあとでこうなるんだから。効率重視。まだ俺、仕事残ってるし、ね……」と和田はヘラヘラ受け答えたが、逆にそれが気に障ったようで、「変態!」と、女はガネーシャの前に置かれたカモ南蛮を和田に投げつけた。カモ南蛮は和田に直撃し、蓋が取れた。中から出てきたのは、とてもソバとは呼べない緑色のドロドロした液体で、和田の頭から足元までをまんべんなくべちょべちょにした。

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