車の歌(第3回)
急に酔いが覚めた。和田は頭を二、三度振り、液体をぬぐって女を見ると、目元のモザイクは消え、こちらをキッとにらんでいた。顔の他のパーツに比べて目だけ異様に小さく、バランスが悪かった。想像してたのより大分残念な顔立ちだった。和田は「ブス」と思った。ソバ屋でこんな顔だってわかってたらついて来てねえよブス。そして思っただけでなく口をついて出た。「何するんだブス!」
「うるせえハゲ!」
「ハゲてねえよこのどブスが!」
「知らねえよハゲメガネ!」
怒り狂った女はガネーシャの置物も和田に投げつけた。あっぶね、と避けたため、ガネーシャは和田には当たらず、施術台の奥、曼荼羅のタペストリーで隠した窓ガラスに直撃し、割った。ガネーシャはタペストリーを突き破って飛んで行った。
「危ねえだろブス!」
「お前のせいだクソメガネ!」
「俺メガネかけてねえよ! 目ぇ腐ってんのか!」
「うるせえハゲ!」
騒ぎを聞きつけ、女と同じ桃色のスクラブを着たごつい感じの男が「なんだ、なんだ」と2~3人現れた。中でもひときわ大きい男が「お客さん、こんなことされちゃ困りますね」と、和田を施術台にうつ伏せに張り倒すと、ハンマーロックで右肩と腕を極めた。「すいません、痛いです、すいません」と和田はコンマ2秒で謝るスキルを発揮し、コンマ2秒で降参した。和田の和田もコンマ2秒で萎えた。
その後、「警察沙汰にされたくなければ弁償しろ」と、肩と腕を極められたまま言われ、ノーと言う選択肢はなく、窓ガラス、タペストリー、ソバとは呼べない液体で汚した部屋の清掃、女の心的苦痛に対する賠償など、諸々込みで20万ほどカードから引かれた。リボの限度額を超えた。そして服もちゃんと着れぬまま店の外へと追い出され、「二度と来るなハゲ!」と女にドアを閉められた。「来るわけねえだろどブス!」と思ったが、大人だから思うだけで口には出さず、もそもそと服を着た。筋を痛めたのか、シャツを着る時に右肩が痛んだ。ドアの向こうから店員達の嘲笑が聞こえた。
路地をどう歩いてマッサージ店まで来たのか思い出せず、ああでもない、こうでもないと5分程度の距離を30分かけ、Fィットを停めた道路にたどり着いた。フロントガラスに張られた駐禁のステッカーをむしりとり、車を発進させた。