車の歌(第4回)
「はい」
「あ、やっとつながった。これは、和田くんの携帯電話ですかね?」
「はい」
「あ、おつかれさまです。こちら、あの、同じ会社で働いている小野ですけどね」
「はい」
「わかりますかね?」
「はい」
「あ、わかりますかね?」
「はい」
「おつかれさまです」
「はい」
「あの、16回ほど電話したんですけど、気づきませんでしたかね?」
「はい」
「あ、気づきませんでしたかね?」
「はい」
「そうですか。じゃあ、しかたないですね」
「あの、忙しいんですけど、何ですか?」
「あ、すいません、あの、『ころぼっくる』の店長から電話がありましてね」
「はい」
「和田くんがまだ店に来ないんだけれどっていう電話がありましてね」
「はい」
「え、それは大変だと、電話してみますねってことで、今、こうやって、16回目の電話をしているわけなんですけれどもね」
「はい」
「まだ、『ころぼっくる』行ってないんですかね?」
「はい」
「あ、行ってないんですかね」
「はい」
「もうすぐ9時ですけど、大丈夫ですかね?」
「はい」
「あ、大丈夫ですかね?」
「はい」
「じゃあ、大丈夫って店長に電話しておきますね」
「はい」
「和田くんからも電話してくれますかね?」
「はい」
「ちなみに駐車場で事故……」
小野が言い終わらないうちに電話を切った。呪詛を吐いて発散したストレスが小野のせいで復活した。和田はハンドルの中央をグーで叩き、意味なくクラクションを鳴らした。続けて三回鳴らし、そのまま三三七拍子のリズムを刻んだ。かつて応援団に所属し青春を捧げた道行く者が「おっ」とFィットの方を振り向いただけで、やはりイラ立ちは消えなかった。