車の歌(最終回)
それから間もなく坂は終わり、交通量の多い大通りへとぶつかった。Fィットもパトカーも見当たらなかった。事故をした形跡もない。まあ、どうせ会社はクビだ、なるようにしかならん、とりあえず寒いから自販機であたたかい飲み物でも買おう、と、大通りを左折した。
もう夜中だというのに、大きい車、小さい車、派手な車、地味な車、うるさい車、静かな車、丸い車、四角い車、速い車、遅い車、◯◯な車、△△な車、車、車、車……多種多様な車が、絶えることなく行き交っていた。和田は財布から免許証を取り出した。数年前の、ぼんやりした顔の自分がそこに映っていた。今でもぼんやりしているが、今以上にぼんやりしていた。見ていられなかった。あと若いな、と思った。よく見たら有効期限が切れていた。歩道から車道を眺め、「どうにも流れに乗れんな」とひとりごち、免許証を投げ捨てた。が、すぐに「個人情報が漏れる」と小走りで拾いに行った。
自動販売機はすぐに見つかった。どこにでもあるメーカーのそれは、煌々と飲み物をアピールしており、前に立つとまぶしくて頭痛がした。和田はなけなしの200円を投入した。「あったか~い」のカテゴリーで括られたコーヒーのボタンを押そうとした時、隣の店のシャッターに手をつき、おえおえ言っている者がいることに気がついた。きったねえなと思いつつも、和田はシャッターの方を見た。服装からして女性のようだったが、酔っているせいか着崩れ、髪もぐじゃぐじゃで残念な感じになっていた。麺類だったものやアルコールだったものが、胃の中で消化され切れず、口から体外に排出され、いわゆる吐瀉物となってびたびたと地面に落ちた。和田のアンテナは、女に自分と似たものを感じ取った。
女は一通り吐き終え、もう吐くものがないのに吐き気が止まらないのか、糸を引いた胃液を垂れ流し始めた。しょうがねえな、と和田は130円のペットボトルの水を購入し、女に渡した。所持金が70円になった。
「これ、どうぞ」
「あ、すいません、ありがとうございます」
水を受け取った女はなぜか笑顔だった。あごから吐瀉物が垂れ、胃液の酸っぱいにおいがした。
「飲み過ぎだよ」
「ワインがよくなかったな、へへ……」と女は水を飲んだ。勢いよく飲み過ぎたせいか、むせ、今度は鼻から吐瀉物混じりの鼻水を垂らした。
「あんた、ひどいな」
「すいません」
「もうちょっと、こう、さ、あるだろ」
「わかってはいるんですけどね、えへへ」
「えへへじゃなくて」
「明日からちゃんとします」
「それ絶対しないやつだよ」
和田のアンテナは敏感に反応した。女に対するそれには、愛おしさのようなものが含まれていた。鏡に映った自分はあまりに醜く、直視できなかった。間にクッションが必要だった。和田は女を通して自身を顧みた。