車の歌(最終回)
2021.02.15
「とりあえず、お酒やめます」
「できんことを言うな。吐くまで飲むなっつってんだよ」
「えへへ」
「えへへじゃなくて」
「あの、重ねて申し訳ないんですが、ティッシュ持ってません?」
「持ってねえよ」と言いつつ、和田はポケットを探った。くしゃくしゃになった「ころぼっくる」の手書き原稿が出てきた。
「……これでよかったら」
和田は原稿を女に差し出した。
「何から何まですいません。これ、なんか絵、描いてますけど、いいんですか?」
「いい」
「これ、へったくそですね」
「やっぱり、そうだよね」
和田は笑った。車道を赤いボールが跳ねて転がって行ったが、気づかなかった。
「あなたが描いたんですか?」
「いや、俺の上司」
「あたし、鼻かみますけど、いいですか?」
「どうぞ」
「じゃあ」と、女は盛大な音を立てて原稿で鼻をかみ、吐瀉物の上に捨てた。和田は笑った。女も笑った。シャッターの上では、バンザイした小人の看板が笑っていた。
その後、なんやかんやあって和田はこの女と結婚し、三人の子をもうけ、O県に居を構えて死ぬまで暮らすことになるのだがそれはまた別の話。
一方その頃、F県K市K倉K区K城周辺の桜は満開で、花見で泥酔した太田カツキは全裸になって踊り、周囲の花見客は茫然とその醜態を見るしかなかったが、K城近くのK倉北警察署から警官が5~6名飛んで現れ、太田カツキは公然わいせつの罪により現行犯逮捕、初犯だったことが不幸中の幸い、2日間の勾留の後釈放、罰金30万円の支払いが、桜の散った今でもまだ滞っている。