やよひ住宅(第3回)
時生を連れて帰宅したら午後三時をまわっていた。
家に上がるとすぐ、時生は本棚からスケッチブックをひっぱりだして眺めはじめた。いつも必ず最初にスケッチブックをみる。自分がいない間の父親に会おうとしているのかもしれない。
「こいつどこの猫?」
時生はねこぶのスケッチを見ながら野球帽を脱いだ。
「隣の猫。」
「せんとうの人の?」
「そう。銭湯の人は喜美枝さんっていうんだ。」
「きみえさんの家のなんていう猫?」
「名前?」
「そう。」
「ねこぶ。」
「へんな名前。」
「たまにそこでも昼寝してるよ。」
俺は縁側のガラス戸の下を指した。
「ふうん。」
時生はいない間に増えたスケッチをひととおり見ると、落ち着いたようだった。
スケッチブックを本棚に仕舞うと唐突に「せんとうの人さ、」と言った。
「喜美枝さん?」
「あの人の絵はかかないの?」
「なんで?」
「なんとなく。」
「・・・動物園行ったら、描いてみようかな。」
「え!動物園行くの?」
「そこの桜の花が咲いたらね。時生も一緒に行こう。喜美枝さんとよし子ちゃんも。」
「よしこちゃんてだれ?」
「喜美枝さんのきょうだいの子ども。」
「あの人の子どもじゃないの?」
「そうだよ。よし子ちゃんはたぶん時生と同じくらいの年じゃないかな?」
「見たことあるの?」
「たまに喜美枝さんちに遊びにくる。よし子ちゃんはねこぶとも仲良しだよ。」
「ふうん・・・。」
「時生は、行きたくないか?」
「べつに・・・。」
「なんだよそれ。」
「・・・行ってもいいよ。手、洗わなきゃ。」
時生は少し照れたような様子で台所へ消えた。喜美枝さんに時生の様子を話したらきっと可笑しがるだろう。あの人が笑うのを見ると、昔のことを忘れそうになる瞬間がある。その数刹那そのものに俺は感謝せずにはいられない。