やよひ住宅(第3回)
カルピスをお湯で割って飲ませたら、作り方が上手いとほめられた。
「父ちゃんは原液をたくさん入れるからだな。」
「げんえき?」
「カルピスのことな。時生が今飲んでるのはお湯で薄めたやつ。」
「母ちゃんのこれよりうっすい。」
「それはそれでいいんだよ。毎日甘いカルピスを飲んでたら糖尿病になるかもしれない。」
「とうにょうびょう。」
「困った病気。」
「父ちゃんはとうにょうびょうなの?」
「父ちゃんの父ちゃんが糖尿病だった。時生のじいちゃんな。」
「ふうん。」
親父は時生が生まれる前に死んだ。孫は真っ当に育ってほしいと草葉の陰で手を合わせているに違いない。
「じゃあさ、父ちゃんの病気はなんなわけ?」
時生は俺を見つめた。
自分たち親子は、病気のせいで一緒に暮らせないことになっていた。
「父ちゃんは・・・そうだな、父ちゃん病。」
「なにそれ。」
「父ちゃんが父ちゃんであること。」
「なにそれ。わけわかんない。」
「だよな。父ちゃんもわかんないよ。」
時生は腑に落ちない様子で「へんなの。」とだけ言った。
冬休みが始まって、時生はいつものナップザックにうどんを入れて持ってきた。別れた妻は学校が長い休みの時だけ時生を二、三日、俺のもとへ送り出してくれる。
「夜はうどんにするか?」
「父ちゃんは何がいい?」
「俺は今日はカレーが食べたいかな。」
「じゃカレーうどんは?」
「おう、いいね。」
時生はカルピスを飲み干すと、手提げからコロコロコミックを出して読み始めた。ずっと野球帽をかぶっていたせいか、額に髪の毛がはりついていた。うつむいて漫画に集中している額に触れた。子どもは体温が高い。自分の指先が冷たく感じた。そっと髪を払ってやると時生は「なに?」と言ってうるさそうに顔をしかめた。
「・・・ごめんな。」
コロコロコミックを抑えていた大きな手が浮いて、ページは閉じられた。
「ごめんな。・・・父ちゃんは時生が、大好きだ。」
俺は、時生の手をとり、自分の掌に重ねた。
「時生の手は大きいから、なんでもつかめるよ。これから、なんでも。」
時生は俺の手と重なりあった自分の手を見つめていた。
「なにが、ごめんなの?」
時生は顔を上げた。瞬きもせず、俺の顔を見つめた。
目も鼻もくせ毛も、自分の幼い頃と似ている息子の顔だった。
俺は時生の手をコロコロコミックに戻して、「なんでもないよ、坊ちゃん。」と答えた。