やよひ住宅(第4回)
洗濯物を取り込む磯辺さんの足元からほんの少し離れた場所で、ねこぶは呑気に毛繕いをしていた。「ねこぶ。」と声をかけたが無視された。逃げないだけいい。
青白く見えたタオルは日に照らされると暖かそうな白に見えた。それは他の衣類と共に縁側に無造作に積まれていて、横に、スケッチブックと色鉛筆の箱が置いてあった。
「・・・磯辺さんは絵を描いてるの?」
「趣味でね。」
磯辺さんは最後にベージュのズボンを取り込むと、縁側に座って畳み始めた。ズボンには落ちない染みがついていた。
「見てもいいですか?」
磯辺さんは洗濯物を畳みながらどうぞと笑った。
わたしはランドセルを背負ったまま縁側に腰掛けてスケッチブックを手に取った。色鉛筆の優しい色合いの絵が続く中、ねこぶの絵をみつけた。
「これ、ねこぶ?」
「そうだよ。おじさんはねこぶが好きなんだ。」
「わたしも好き。」
絵の中のねこぶは足をそろえて座り、殺し屋みたいな目でわたしたちを見ていた。
「よし子ちゃんはねこぶのどこが好き?」
「顔。目つきが悪い。」
磯辺さんは声を上げて笑った。「目つき悪いところが好きなの?」
「うん。なんか、一生懸命な感じがする。わかんないけど。」
「今はあんなにのんびりしてるけどね。」
本物のねこぶは横向きで溶けたように寝ころんでいる。叔母がたくさん食べさせているのか、最近太ってきたようにも見える。
「磯辺さんは?ねこぶのどこが好き?」
「よし子ちゃんのと似てるかも。」
「顔が好きなの?」
「目つき悪いところも好き。確かに一生懸命に見えるよね。あんな風に生きていきたいって思う。憧れる。」
「えーねこぶに憧れるの?」
「そうだよ。」と磯辺さんはねこぶを見つめて言った。
「なにがあっても生きていこうとしてるように見える。ひとりでも、誰かといても、たぶんねこぶは変わらない。」
磯辺さんは洗濯物を畳み終わっていた。わたしはスケッチブックを置いて、ねこぶの傍に寄った。ねこぶは動かなかった。頭を撫でたら、変な声で短く鳴いた。
わたしは磯辺さんにお礼を言って、隣の家へ向かった。
玄関を開けて「こんにちはー」と言ったら叔母は台所から顔を出して「おかえり。手洗って。ドーナツあるよ。」と言った。わたしはなんだかほっとして、すぐにランドセルを下ろした。