咀嚼伯爵(第1回)
【2】さわしー
ひょうたん尻をくるみ尻にしよう作戦。
最初は晩ごはん。
朝昼は普通に。でも晩ごはんは完全に抜く。
同時に筋トレ・ストレッチも始めた。
雑誌の引き締め特集を熟読、脚を回したり蹴り上げたり、「8回」と書いてあれば3倍の24回はやった。
ほどなく太ももの間にすきまが出来、足首の筋もくっきりして来た。
「ぶかぶかじゃん。」
3年生になったばかりの4月、体育前の更衣室。
シャツを落としてしゃがみ込んだとき、上から覗き込むような声がした。
「かぱかぱ。あたしも。」
そう言ってレースのたっぷりついた青いブラジャーのカップの部分をつまんで笑いかけて来たのは、
同級生の沢村しおり。
「さわしー」と呼ばれる彼女は、レースのブラジャーが示す通り、華やか恋愛班所属。
自分の「サブカルオタク班」とは接点がなく、ほとんどしゃべったことがなかった。
「もりみ、痩せたよね。」
華やか班の彼女から初めてあだ名で呼ばれ、ちょっと嬉しくなった。
そういう「さわしー」もほっそりした、と評判だった。
「彼氏んちでさ、腹の肉つかんで笑われたの。絶対見返す。1ヶ月でキメる。」
くりくりした瞳でまくしたてるさわしーは、1ヶ月で152センチ・48キロを40キロにするのだと言う。
てか「彼氏んち」で「腹の肉」っていうのは、そういうことを経験してるってことか。
さわしーの今の彼氏は同い年の普通科。
ジャニーズ系のイケメンで、実家が遠く、親戚のマンションでひとり暮らしをしているという噂だった。
「3キロは一週間で落とせたの」
放課後の美術棟。
居残りデッサンするふりをして、初めて2人で話し込んだ。
一応、受験生。
美大受験を控えて「自主練」する人も増え始めていた。
「こんなあごになったら終わりよね」
ラボルトと呼ばれる女性の首の石膏像。
首周りの肉付きがよく、デッサン時は、そのふっくら感を出すのになかなか手こずる。