咀嚼伯爵(第1回)
【5】地獄ケイゾク
咀嚼伯爵が登場した頃から起きたもろもろの記録。
まずはお通じ。便通がなくておなかが張った。身体が熱くなって太るような気がした。
「センナが効くよ。」
その症状でもさわしーは先輩だった。
早速薬局に行き、尋ねてみる。
センナは薬草だった。鍋に湯を沸かし、分包されたセンナを入れて煎じる。
草っぱらのような青臭い匂いが広がる。
苦くはないけど、匂いが苦手だった。
湯呑み一杯飲むと、ほどなくきゅーっと腹痛が来る。
食べてないのだから、形状は悲惨なものだった。
それでもおなかが軽くなると気が楽になった。
「成人女性に必要なカロリーは1400から2000kcal。モデルの平均摂取カロリーは1200。そのモデルより頑張らなきゃならない私らの限界は800!」
私達は、家庭科のサブテキストに載っている食品カロリー一覧を、日々聖書のようにむさぼり眺めた。
「ごはん一杯240kcal」
「板チョコ一枚300kcal」
「ショートケーキ350!」
「ピザ一枚、900!」
「こえぇぇぇ!」
夏過ぎて10月。
私たちはガラスの床がなかなか打ち破れないでいた。
しかし強い意志でふんばっていた。
「みかん半分食べちゃった…」
「みかん1個50kcal。」
「半分なら25kcal?」
「そう!筋トレ増やせば全然大丈夫!」
やがて、
「歯磨き粉って太るかな。」
「甘味料入ってるかんね。やばいよね。」
「まじで?じゃ何で磨けばいいんかな」
「塩じゃ?」
「それいいね。なんか絞れそうな気がするよね」
運動も頑張った。
ラップを巻いて走ると汗が出て絞れると聞いて実践、かぶれてふとももや脇腹が真っ赤に腫れたりもした。
精神にもいろんな変化が起きた。
なぜだか異常に小さい頃のものが恋しくなった。
リカちゃん、ままごと、当時の漫画。
意味なく玩具売場や雑貨店をうろうろして、ファンシーな、あどけないものを眺めてはなぜだか涙ぐんだ。
何も考えずものを食べていた頃を思い、懐かしいを通り越して妬ましくなったりしてたのだと思う。
自分の過去が妬ましい、とは何とも複雑だけれど、思春期のホルモンの揺れと相まって、
とても落ち込みやすく、苛立ちやすくなっていた。
「これ、いつまで続くんだろう。」
「目標体重になるまでさ。」
「そのあと食べたらあっというまに戻るじゃん。」
「地獄ケイゾク。」
「食べても太らない身体にならないかなぁ。もしくは食欲のない身体。」
「年寄になればそうなるさ。」
「何歳くらい?」
「70歳くらい?」
「じゃ、あと55年くらいは、」
「地獄ケイゾク。」
2人でいると笑えた。でもひとりになると、無性に心がささくれだった。