咀嚼伯爵(第2回)
【6】クリープ
さすがにやばいと思い始めたのは11月。
朝、食卓に、母親がもらって来たアルファベットチョコレートが置いてあった。
赤ちゃんミルクくらいの大きさの缶入り。
3粒だけ、と思ってふたを開け…気づけば缶を抱いてむさぼっていた。
「噛め。噛めかめかめ!ゴリゴリと、ガリガリと、心地よいのぅ!」
伯爵絶好調。
80個入と書いてあるその缶があっというまにからっぽになった。
キリキリと痛む胃をさすりながら、2時間目の授業に滑り込んだ。
翌日のニキビがすさまじかった。
クリープもなめた。コーヒーに入れる粉末の乳製品。
伯爵が叫ぶ。
「アイスクリームじゃ!そうでなければ甘い乳飲料じゃ!」
アイスクリーム200kcal、
飲むヨーグルト一本150kcal。
恐ろしい。
ならば何か似たものを…と、思いついたのがクリープ。
ひとくちだけ、と思いティースプーンですくって口に入れた。
「もっと!もっとじゃ!このざりざりしたものを噛ませろ!」
気づけばひと瓶、舐め尽くしていた。
夜中、喉が乾いて麦茶を飲もうと冷蔵庫を開け、
開けっ放しのまま、まるのままのたくあんを齧り、魚肉ソーセージをむさぼり、
更にきゅうりをぼりぼりとかじったりもした。
「噛ませろ!ガリガリさせろ!」
チューインガムをボトルで買った。
ボトルには105粒のガムが入っている。
それをまたたく間に噛み尽くす。
胃がキリキリして口内炎が何個も出来た。
味のないガムがあればいいのに。
そんなとき目に入ったのは、ティッシュ。
丸めて口の中に押し込んでみた。
噛みしめると独特の苦味が滲んで来て、
口の中の食べ物の味が浄化されるような気がした。
噛み締め続けると、ぽろぽろと崩れて来て繊維のくずが気管にひっかかる。
その直前まで噛んで、また次の新品ティッシュに替える。
勉強しながらティッシュひと箱噛んでしまったこともある。
伯爵の矛盾はエスカレート。
「何故落ち込む。」
「あなたが噛めとお叫びになるからです。」
「私は噛みたいだけなのだ。太るのはおまえの身体の甘えだ。」
「普通の人間は食べたら太ります!」
「飲み込むからであろう?」
「え?」
「ならば飲み込まなければいいのであろう?」
そっか!
嗚咽を起こして戻す。
戻せないときは指を入れて喉をかき回した。
のどの奥の上のほう、ここを押すともどせる、というポイントをみつけてからはすぐに吐けるようになった。