咀嚼伯爵(第2回)
【7】42キロ
12月。
痩せていると、単純に寒い。
80デニールのタイツを履き、長T・ブラウス・カーディガンを重ねても寒かった。
周囲は受験一色。
私は無難に、地元と近隣の町の、美術系コースのある大学をふたつ受験することにしていた。
努力の甲斐あってガラスの床は打ち破っていた。
42キロ。
ここまで減らせばちょっとは食べても大丈夫。
でもあとちょっと。
いざというときの為に、あと2キロ減らしておこう。
その頃、月経も止まった。
正確に言うと、43キロを切ったとき、止まった。
でも「あ~らくちん」くらいにしか思わなかった。
こちらが痩せて行くと反比例して、さわしーに変化が現れた。
くっきりした二重まぶたに重そうな、赤らんだむくみ。
太った、というより、むくんでいるように見えた。
その頃から、さわしーは夜の電話に出なくなった。
学校でも無視されているように感じた。
どうして?と聞くこともなかった。
自分が太ったから話しにくいんだろう。
そのくらいにしか思わなかった。
「太ったよね、さわしー」
「彼氏が変わったからさー」
「どういうこと~?」
「ぽっちゃり趣味なんだって」
「そういうこと~?」
そういうことか。
よかったね、と思った。
同時に何だかすんごい嫉妬と焦りのようなものが湧いて来た。
「もうこの地獄ケイゾクから解放されたんだ。」
そんな苛立ちが湧き上がった。
「おまえも解放されるがいい。そして存分ガリガリしようぞ。」
い~や~だ~。
私はこの、すかすかの太ももとくるみのような尻でいたいんだ。
「ガリガリしようぞ。」
私はあんたの奴隷じゃない。
そう思いながらも気づけばチョコレートをゴリゴリと噛み、ティッシュを咀嚼し続けた。
大学は…落ちた。
それなりにショックだった。
予備校生活が始まった。