咀嚼伯爵(第2回)
2021.02.22
【8】応援側
「一年間でひとつだけ、守って欲しいことがあります」
予備校の初日、主管、と呼ばれる先生が言った。
「決して友達を作らないで下さい。目的を間違えないで下さい。電話番号はじめ個人情報を交わしたりもしないで下さい。」
教室に妙な緊張感が走った。
振り分けられたクラスは文系私学のBクラス。
有名大学を目指すAクラスとは違い、雰囲気もゆるい。
あれだけ主幹に言われたのに、早速休み時間にチャラい男女の「たまり」が出来ていた。
当然だが予備校に制服はない。
「たまり」のメンバーは、男女共に10代なりに出来うる限りのおしゃれをしていた。
男子は髪を尖らせたり撫で付けたりしてテカテカしていたし、
女子は露出過多で時折主管に注意を受けていた。
そこに交じることはなかったけど、あんまり頭のよくなさそうなにぎやかな会話が飛び交ってるのを聞くのは心地よかった。
「え~?お縁側?応援側じゃなくて~?」
露出女子が素っ頓狂な声を上げた。
「応援側って何だよ~」
「何の話?」
「ほら、童謡の、かあさんお肩を叩きましょ、の」
「応援側だよね?なんかほら、肩たたき選手権みたいな」
「肩たたき選手権?」
「うん、選手側は日陰で、応援側に陽がいっぱい当たってる的な」
「おまえ、ぶぁっか~!」
「え~、あたしだけ?ねぇ森川さん、思ってなかった?」
いきなりのご指名。
「え?え~、どうだろ?」
とっさにおもしろい返しが出来ない自分が情けない。
でもこの華やかな一軍に声を掛けられるのは少し誇らしかった。