咀嚼伯爵(第2回)
【9】自制心
予備校の授業は基本、午前中のみ。
学校が町中だったので、通学路は繁華街。
格安ショップやコンビニが何軒も連なっている。
これはやばい。
伯爵を連れたまま店に入って、お菓子ひと箱だけ買って帰る、なんてかわいいことが出来るわけがない。
その頃、月経が復活した。
太ったのだ。
45キロ・48キロ……52キロ!
吐くのも億劫になり、食事を抜けば戻せる、という根拠のない理由をつけて、止まらない食欲に身を任せていた。
多分、今のクラスの人たちは私を「細い人」とは認識していないだろう。
違うのに。
私は本当は細いのに。
「自制心がないだけじゃない?」
そう言ったのは、緑山あやめさん。
地元で有名な月極駐車場「緑山パーキング」のお嬢さんだという。
なんでこのクラスにいるんだ、と言うほど勉強が出来る、気の強そうなメガネっ娘だ。
先の発言は、生足女子達と、
「なんでじゃがりこは食べきるまでやめられないか」
という話をしていたときだった。
「え、緑山さんはやめれる?」
「自分で決めたことやんないと気持ち悪くない?」
すごーい!さすがー!細い人は違うよねー!
生足たちが嬌声を上げた。
私も思った。
それが出来れば苦労しない。
そしてできちゃう人もいるんだな。
だから細いんだ。
小顔・細い肩幅・華奢な腰周り。
黒髪ショートカットに赤ぶちメガネの彼女の体つきは、中学生のようだった。
「え?そのマニキュア昨日のまんま?」
そうだけど。
「夜、お風呂入るとき爪もすっぴんにしなきゃ気持ち悪くない?」
剥がれかけた爪の先は塗り直してごまかすのが当たり前、と思っていた自分との違いに驚いた。
「でもめんどくさくない?」
「え?汚れてる気がしない?」
言われたらそうだけど。
彼女は思った通りのことを、いかにも正論としてキッパリ言う女子だった。
通訳になりたいという彼女の志望校は、関東のお嬢様大学の英文科。
テニスサークルが4つも5つもあるという大学。
「そんなにテニスが強いの?」
「テニスじゃなくて。」
「え。」
「合コンに強いの。彼女として連れ歩きたい大学。」
そか。
でも緑山さんが合コンしてるイメージが沸かない。
緑山さんはクラスの男子としゃべらない。
「バカが伝染る気がしない?」
と小さくつぶやいたことがある。
じゃ、なんでこのクラスにいるんだろう。
この予備校では週に一回、英語・現国・古文・日本史・世界史の「満点テスト」があった。
短い問題がずらーっと50問。それを30分で解く。
100点が取れなかった人は放課後、同じ問題で追試。
100点が取れるまで帰れない。
居残りする人は大体同じメンバー。
チャラ男(だん)達はカンニング作戦を立て、助け合っていた。
私もこっそり、何度か答えを教えてもらった。
9月。
その追試タイムに緑山さんが入るようになった。
緑山さんは……恋をしていた。
チャラ男のひとりと。
うっそーん。