咀嚼伯爵(第2回)
【10】適当になりたい
居残りテストの帰り道、久しぶりに緑山さんと話した。
「お盆の頃にね、父がスポンサーのイベントにバイトに来てたの。」
緑山さんは父親のことを「父」と呼ぶ。
「彼ね、あぁ見えてすんごく真面目なの。」
チャラ男のことを「彼」と呼ぶ。
「皆が適当に手抜いてるとき、汗だくになりながらこどもの相手したり、業者さんと一緒にテントの撤収したりしてたの」
ほぅほぅ。
「そしたらその撤収のとき指挟んで結構な怪我しちゃって。で、あたしが病院に付き添うことになって。」
そこから?
「うん。」
緑山さんは最近パーマをかけた。
パーマのカールが、うつむいた童顔の緑山さんの目元に大人っぽい影を作っていた。
いやいやいや!
あいつ、生足女子2人と続けて付き合ってたよ!
女子の友情ぶっ壊して平気な顔してたんだよ!
…なんて話はしなかった。
今度こそ本当の恋かもしれないじゃん。
噂話で横槍入れるなんてただのやっかみみたいじゃん。
「で、おんなじ関西の大学を受けることにしたの。」
え?テニス大学は?とも聞かなかった。
なんかその道にラッキーが落っこちてるかもしれないじゃん。
でもそのことで「父」とケンカしたこと、
初めての恋愛で、どこまでわがままを言っていいのかわからない、どこまで言いなりになっていいのかもわからない、と言った。
言いなり。
緑山さんの成績が落ちた理由が少しわかった気がした。
「森川さんみたいに適当になりたい。」
え?
「ちょっと疲れちゃった。」
え?え?えぇぇえ?あたしも疲れてるよ?
結構神経遣ってるるよ?
既に今、随分遣ってるよ?
…とも言わなかった。
緑山さんとじっくりしゃべったのはそれが最後だった。