咀嚼伯爵(第4回)
【18】ふくらはぎ
それから数日後、スーパーで異様な雰囲気の女性を見掛けた。
すらりとした50歳くらいの女性。
ふんわりとした生成りのシャツに臙脂色のスカートと薄緑のカーディガン。
少し白髪の混じった髪をお団子にしている。
若い頃は美人だっただろうくっきりとした顔立ち…だけど、その肌は老婆のようだった。
スカートと深緑の靴下の間から見えるふくらはぎには縦じわが寄り、
あきらかに「普通の細い人」とは違う違和感があった。
彼女は乳製品売り場に立ち尽くし、ワッフルを裏返して原材料をチェックしているようだった。
だった。
けど、ちょっと違って見えた。
動いてないのだ。
ずーっと……こちらが店内を一回りして戻って来てもまだ同じ形状で裏返しのワッフルを眺めている。
彼女のカゴの中は板チョコやお惣菜でいっぱい。
吐くのかな。吐くんだろうな。
とっさに思った。
あんな齢でも細くいたいものなのかな。
「食べても太らない身体にならないかなぁ。もしくは食欲のない身体。」
「年寄になればそうなるさ。」
「何歳くらい?」
「70歳くらい?」
「じゃ、あと55年くらいは、」
「地獄ケイゾク。」
さわしーの声が聞こえて来た。
わかってる。痩せすぎは見苦しい。
でもあのくらいでいないと、食べたらあっという間に太っちゃうんだ。
「同族嫌悪か。」
伯爵が声を掛ける。
「あの者もガリガリするのであろうな。こちらもやろうぞ、ガリガリ。」
「おやすみ下さい。」
「今夜は眠らぬぞ。」
「おやすみ下さい。」
「齧れ!噛み砕け!何もかも粉砕してしまえ!」
「おやすみ下さい。」
「終わらぬのだぞ。生きている限り、続くのだぞ。」
そのままアイスキャンディ8本入りをふた箱齧った。
久しぶりに指を突っ込んで吐いた。更に痛風発作も起きた。
だめだだめだだめだ。
だめだ。
だめだだめだだめだの沼。
今回はなかなか抜けられなかった。
…太った。