さよならオブラージャ(第1回)
窓の外の風景はいつしか、白けていた山なみから白黒の市街地へ移り変わっていた。
バスは日暮れた繁華街のアーケードを突っ切る。年の瀬だというのに例年よりも人出が少ない気がする。寒さのせいか。行き交う人々の着けた手袋やマフラーは明るい色味なのに、舞う薄い粉雪のせいなのか低い彩度で世界は広がっている。車窓の縁に肘をついてぼんやりと眺める。冬休みに入ってやや浮かれた表情の学生たち。
建物の体内へバスは滑り込んでいく。バスターミナルに到着。
バスを降りてここからは路線バスを待つか、あるいは人混みを避けてタクシーを捕まえるか。
考える時間が欲しい。バスに乗っている間に道中の予定をまとめておくべきだったかもしれないが、いまやどうだっていい。そう言えば小腹が空いた気もする。ビルを上階に登ってカフェに立ち寄るという手もあるが、親父は夕飯は済ませたのだろうか?バスを降りたら電話すると言っていたのだった。待たせているかもしれない、電話しないとな。
思いとは裏腹に足取りは当てもなくフラフラと、視線の先もどこを注視することもなく定まっていない。土産物売り場は、人気のご当地キャラクターで溢れ返っている。菓子類もキーホルダーもエコバッグも、ありとあらゆる土産物にあの顔がプリントされている。
飲食店街を抜けて、ターミナルの入っている再開発ビルを奥へ上へと進んでいくと、依然として粉雪の舞うテラスに出た。ここにも例のキャラクターが居る。それもかなりデカい。黒と白と赤で構成されたそいつの顔を見ていると、お袋の葬式を思い出すのだ。鯨幕と、遺影に納まって笑う真っ赤なスーツ姿の母親がこちらに微笑みかけている。やがて三年。
娘にこの大きすぎるとぼけた顔の黒の写真を送ってやろう、と携帯をポケットから取り出した。あぁ、親父に電話するつもりなのだった。携帯の通話履歴を遡ろうとしていたときだった。
「あれ?ユウキじゃなかと?」
背後から声を掛けられ振り向くと女性。木枯らしが粉雪と彼女の髪を舞い上げる。一瞬にして見覚えある一枚の風景が浮かび上がった。中学の卒業式の記憶が波のように一気に押し寄せる。粉雪は桜の花びらになる。モノクロームの視界が、淡い色に染まる。甘酸っぱい芳香と味覚も感じた気がした。
俺はまだ、眼前の彼女の名前を思い出せていない。