さよならオブラージャ(第3回)
玄関のチャイムが響く。注文していたおせちが宅配で届く。配達員から受け取ってそのまま、年が明ける前からずっしりくる三段重を開く。見ている親父も「いいねぇ」と唸る。
最下段にぎっしりと詰められた煮物に箸を伸ばす。今日はこの煮物をつまみ代わりにして、ダラダラと日本酒をあおろうという魂胆だ。
春香の動画の中で一瞬映った、あの筑前煮も美味そうだった。人参の飾り切りについていくつかの例を彼女が説明していた。
俺の目の前にある、この仕出しの煮物にも桜の花の形に抜いた人参が入っていて、彩りを添えている。オレンジ色の桜人参をぼんやりと眺めつつ、グラスの液体に口をつける。昨夜の、春香のニット姿からあらわになった身体を思い返していた。珍しい和柄のプリントのブラをしていた。似合っている、と表現していいのかもよくわからなかった。
店じゃなくホテルでも酒は呑めるじゃないか。二人の意見は簡単に纏まった。そもそも最初からお互い熱心に店なんか探していなかった。なにより寒いんだ、いい歳をしたオッサンオバサンが、寒風吹きすさぶ中、街なかを闇雲にうろうろする気力も体力もないんだ。
あの中学の最後のデートの日、わざとホテル街の方へ帰路を採った思い出をなぞるようにして俺は行き先を指す。その時はしかし入る勇気も金も、誘う言葉も持ち合わせていなかったから、俺たちは健全にそのまま別れたのだったな。
春香が陽気に笑って腕を絡めた。「コンビニ寄ろう」とそのまま俺の右腕を連れて軽やかに駆け出した。
なぜかしら、あのチープな和柄が頭にこびりついている。目の端に入ってくる重箱や日本酒の瓶の模様が引き金になっているのかもしれない。酔いも手伝っている。
あのブラは、中学生がしていると言われればそうであるような幼稚さも感じられたし、マダムに人気の柄だと聞けばそんな地味さ、落ち着きもある。同じ年代の女性がああいったものをどこで手に入れるものなのか。通信販売か?妻の下着の買い物に付いていくことも随分と御無沙汰なのだから、同世代の女性の下着購入事情など知る由もない。考えたこともなかった。今、どうしてこんなことに考えを回しているのかもよくわからない。昨夜の俺が、目の前の、その桜のワンポイントが付いたホックを外す。現れた年相応の彼女の背中に、一抹の寂しさを感じたか?それとも、ついぞ見ることが叶わなかった昔の彼女の白い柔肌に高潮したか?
いよいよ酒がまわってきた。親父はまたおかきの小袋を破った。ボリボリと、けたたましい音。そうだ、それ、旨いよな。どんどん食べてくれい。