さよならオブラージャ(第3回)
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朝から動画撮影。年が明けてからの、その先に予定している動画の撮影も。ダイニングテーブルの向こう側に三脚をいつものようにセットする。三日前に調理の動画の撮影は終わってるので、今日は動画冒頭の挨拶をまとめて撮るのだ。
このオープニングの数分、何を喋るかが毎回悩ましい。動画に付く視聴者からのコメントに答えるために、いくつか寄せられた質問を拾う。会社員だった頃、たまに来るユーザーからの質問をピックアップして、自社のホームページ上に回答を掲載する。それと似た作業だ。喋るのはまだまだ慣れないけれど、ホームページに上げていた回答を同じように台本にして喋ればいい。「あー」とか「えー」とか、なめらかに喋れなくても編集でガンガン切ってしまえばそれっぽく成立する。動画をアップしはじめの頃は手探りだったけれど、この作業をやり始めて少し道筋が見えた。経験はいつどこで役に立つかわからないもの。何より私の、拙い動画を見てくれている人々と交流できているような気がした。これが私が求めていた充実感だったのかもしれない。どんな辺鄙な場所に居たとしても、私を見ている人がこの瞬間にだっているかもしれないのだ。
午前中に夫に送ったメッセージには返信がない。もっとも、さほど重要な会話じゃない。こちらはいよいよ大晦日の気忙しさの中にいるが、向こうはまだ日付は三十日。こちらが間もなく十三時だから、夫は寝る支度でもしている頃。返信がないのも無理はない。
「先日、こんなコメントをいただきました。いつも使っている包丁はどんなものですか。えーっと、これはですね……」私の使う道具に興味を持ってくださる人だっているのだ。不思議な気持ちになってくる。夫の愛情に飢えているわけではない。神に誓ってそれはない。
それでも、なんとなく生活を、身体を、じんわりと締め付けてくる感覚に、じれったさを感じている。脇が痒くなって、質問に答えながらポリポリと搔いてしまった、恥ずかしい。リテイク?いいえ、台本を少し遡って同じことを喋り直す。簡単に編集できるから大丈夫。また痒くなって、掻く。掻きながら、一昨日の夜、ユウキにブラジャーを外された瞬間を思い出す。あの時、私は締め付けから開放された。二十年ぶりの再開が、気を大きくさせていたのかもしれない。
「今日は筑前煮を作っていこうと思います。それでは、はじめまーす」ここまで。撮影終了。あと一本、次回分のオープニングを撮影して、遅いお昼にしよう。母もお腹を空かせているはずだ。