さよならオブラージャ(最終回)

2021.02.28

 隣町のホテルは営業していた。年末年始、関係なし。やっぱり来てしまった。

 ユウキが娘の話をする。彼の口から出た「オブラージャ」とは?彼には可愛い娘がいる。私にはいない。私にも彼にもそれぞれの生活がある。よし。私の心の中の戦士はしっかりと間合いを取れている。仮に身体は温度を求めても、心を明け渡すことはない。
 続けざまに私も夫の話で応戦する。私の夫は、夢を(ほぼ)叶えた立派な人なのよ。ユウキは私を背中から抱きしめたまま私の話を聞いている。勝手だな、と自分でも思うけれど、緩まない相手の攻撃に少々腹を立てた私は、痒みの残る私の左胸の上にあるユウキの右手に自分の手を重ねて「もし、ね」と尋ねてみる。
 「ん」
 「さっき、ナガイくんに二人でいるところを見つかってたら、何て説明してた?」
 「別に……偶然会ったんだ、って言うよ」
 「ふーん、そうかぁ」
 「え、え、逆に、何て説明して欲しい?」ズルい。ううん、私の意見なんかどうだっていいのよ。でも、ユウキもこんな返答をする程度には歳をとった。「正直に話されても私が困るんだけど。私、地元に残ってるんだから」全く同じだけ、私も歳を重ねた。それを確認できただけでいい。
 「でも、あの頃のユウキなら、照れて苦笑いか何か、そんな感じよね、きっと」

 結局、私はブラジャーを脱ぐことはなかった。それで良かった。彼も特に傷ついた様子ではなかったし、それ以上踏み込んでも来なかった。これでいい、このくらいがちょうどいい。
 そうだ、彼を送り届けたら、スタンドで洗車してもらおう。市街地に近づけば新年から開いてるガソリンスタンドもあるだろう。
 意地でも今夜、おせちの海老の動画を上げる。この数日は、寒い気候を耐えるのにお誂え向きの温もりがあった。これはこれで素敵な思い出になったのかもしれない。もちろん、墓に入るまで持っていくけど。私たちの思い出は、これからもずっと爽やかなままだ。

       >今日の料理 動画更新なし

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