「舞台芸術を贈る/誘うことを広めたい」ギフトチケットについてインタビュー
小劇場演劇の制作者を支援するサイト「fringe」で現在、「舞台芸術ギフト化計画」が提唱されている。これは、あとから日時指定が可能なギフトチケットを用意することで、「舞台芸術に関心のなかったひとに舞台芸術を贈る/誘う」という考え方を広めることを目的としたものだ。
「舞台芸術ギフト化計画」では、観客・つくり手の双方の立場に立って、ギフトチケットの有用性について訴えかけている。あくまで「概念」を広めることを趣旨としているため、管理フォームなどのシステムの提供は行っていないが、「舞台芸術ギフト化計画」ワーキンググループでは、観客・つくり手それぞれに向けたリーフレットの製作やロゴデータの配布に加え、ギフトチケット導入に当たっての相談にも無償で応じている。
この「舞台芸術ギフト化計画」およびギフトチケットについて、fringeプロデューサーの荻野達也にメールでのインタビューをおこなった。また今回、kitaya505(北九州)が制作を請け負うブルーエゴナク(北九州)・世界劇団(愛媛)の公演でギフトチケットの導入を決めたことを受け、導入に当たって具体的にどういったハードルがあったのか、kitaya505の北村功治に訊いた。
ー「舞台芸術ギフト化計画」やギフトチケットを思いついたきっかけを教えてください。
荻野 舞台芸術の観客を増やすため、これまでさまざまなことが行われてきたと思いますが、2.5次元のようなジャンルの拡大を除くと、既存のジャンルでは「創客」に苦しんでいるのが現状だと思います。そう考えたとき、もう一度原点に立ち戻って、自分自身が新しい趣味に触れるきっかけはなんだったのかを見つめ直し、それは自分に合ったものを薦めてくれる友人の存在だったことを改めて実感しました。そこで、プレゼントしやすいチケットの券種があれば、と思ったわけです。
私自身の経験で言うと、少女マンガと海外ドラマがまさにこれで、友人から「おまえに絶対に合うから、だまされたと思って読んでみろ(見てみろ)」と渡された作品が、人生のオールタイムベストテンの上位です。これがなければ、いまでも少女マンガは縁遠い存在だったかも知れませんし、海外ドラマを見る習慣もずいぶん遅れたと思います。自分自身が人に薦められて新しいものにハマる経験をしているので、家族や友人に紹介してもらうというのは、舞台芸術を広めるには重要なことだと実感しています。
ー確かに感覚が似ている友人・知人から勧められたものは、これまであまり食指が動かなかったものでも、とりあえず触れてみようかなと思うきっかけとしては大きいですね。
荻野 もう一つは、純粋に贈るものが難しいものを贈る仕組みをつくりたいと思いました。舞台芸術のチケットは日時指定で、人気公演だと前売開始の数か月前に決めないといけません。すでにファンになっている人は、人生の優先度がそっちになっているので問題ないのですが、これから観てみようという人にとってはギャンブルです。だから「あとから日時指定できる券種」をつくりたかった。でも、それってよく考えたら、すでに舞台芸術でも招待客にやっていることですよね。先に招待状を送って、あとから日時指定してもらう。なんだ、このスキームを使って一般の方にも販売すればいいんだと思いました。だからギフトチケットは特別なアイデアではなく、ごく普通のことなのです。
ーギフトチケットの概念を考えるにあたって、なにか参考にされた仕組みや考え方はありますか?
荻野 企画段階で影響を受けたのは、一般社団法人JFTDの「花キューピット」でしょうか。全国に生花を届ける花屋さんのネットワークです。これは宅配網のなかった1950年代、遠方に花を贈りたいという要望に応え、電信電話で連絡を取り合って近所の花屋さんが希望に近いものをつくって届けたもので、贈ることが難しいものを贈った大先輩です。これはアイデア自体も素晴らしいのですが、最初の任意団体から全国網の法人をつくるまで15年かかっている沿革を見て、どんなに素晴らしいものでも広まるまでに時間がかかることを知りました。ギフトチケットも趣旨を理解してくださったつくり手から、少しずつ広まればいいと思っています。
「あとから日時指定できるチケット」があると、可能性が広がります。舞台芸術を普段観ない人でも、三谷幸喜作品なら観たいと思うかも知れない。けれど、コロナ禍前は前売完売で、そういう人が公演情報に気づいたときはチケットが手に入りませんでした。そんなときプレミアム価格になってもいいから、「あとから日時指定できるチケット」があれば、贈ってあげたいと思う人はきっといるはずです。だから公演のジャンルや規模を問わず、伝統芸能から小劇場演劇まで、あらゆる舞台芸術にギフト用の券種が常備されている世界になれば、「贈る/誘う」ことも少しずつあたりまえになっていくんじゃないかと思います。
ーこの取り組みは、予約フォームのようなシステムの提供ではなく、「ギフトチケットという概念を広める」ことを目的とされていますが、「概念」なだけに、実際の導入にハードルを感じるつくり手もいる印象を受けます。あくまで「概念」とした理由はなんでしょうか?
荻野 ギフトチケットは一過性のキャンペーンではなく、存在があたりまえになるような、普通の券種になってほしいと思っています。なにか専用のシステムがないと導入できないのではなく、それぞれのつくり手が普段使っている仕組みの延長で、無理のない範囲で導入してもらえばいいと思います。この「無理のない範囲」というのが重要で、ギフトチケットを実施すること自体が負担になってしまうと長続きしません。例えば、若い世代向けの券種「U-25」(※1)を一度始めたら、ずっと継続していただきたいのと同様に、ギフトチケットもずっと継続していただきたいのです。そして「U-25」の目的が、学生だけでなく収入の少ない若い世代にも割引があることを伝えているように、ギフトチケットも公演を「贈る/誘う」という「概念」を伝えることが目的なのです。
(※1)若い世代向けの券種「U-25」 25歳以下であれば、多くは身分証の提示などで一般料金より安く買えるチケット。学生ではないが社会人になって日が浅いため、自由に使えるお金が少ないであろう層をターゲットとして始まり、最近では全国的に導入の事例を見かける。 |
ーギフトチケット専用フォームなど、システム提供のような形は考えられなかったのでしょうか?
荻野 招待客と同じスキームだということも、システムが不要な理由です。どのつくり手もなんらかの招待客はいると思いますので、その仕組みを流用すればいいわけです。アンケートを実施(※2)して、日時指定の締切はいつまでが妥当か、第1希望が満席だった場合に許容できるかなども確認していますので、ぜひ導入の参考にしてください。
(※2)アンケートを実施 fringeではギフトチケットの制度設計にあたって、2020年末にアンケート調査をおこなった。観客が約6割、舞台芸術関係者が約4割回答し、観客・つくり手双方の意見を幅広く取り入れている。 |
ーギフトチケットの導入にあたって取り組まれたのが、つくり手だけでなく観客の方に向けたリーフレットをご用意されたというのがユニークだなと思いました。これはなぜなんでしょうか?
荻野 ギフトチケットの提言では、つくり手の方だけでなく、観客の方にも自分ごととして考えていただきたかったからです。つくり手だけが利用してくださいと呼び掛けるのではなく、観客の方にも「贈る/誘う」を身近な行為と考えていただき、両者で舞台芸術の観客を増やしていきたいのです。つくり手の方は自分たちだけで悩まないで、観客の方に導入した思いを伝えて、一緒に「贈る/誘う」という「概念」を広めてください。
観客の方にとっては、定員の限られる舞台芸術の座席をわざわざ割いて、観劇マナーも知らない新しい人をなぜ呼ばないといけないのか、という疑問もあるでしょう。けれど、最初は誰もが初心者だったはずで、その初心者だった人々が観客になったからこそ、いま舞台芸術は続いています。ほかの趣味の分野だと、先輩たちがアドバイスしたり、道具までプレゼントしてくれることがよくあります。舞台芸術は観客がいないと成立しない表現であることを考えると、ギフトチケットを許容する文化が育ってほしいと思います。
ーここで実際にギフトチケットを導入したつくり手の立場からも話を聞いてみたいと思います。kitaya505では制作を担当するブルーエゴナク・世界劇団の2団体でのギフトチケットの導入を決めていますが、今回ギフトチケットを導入しようと思った理由はなんですか?
北村 ギフトチケットの仕組みを知った時に、「個人的にチケットを購入するなり、予約するなりしてプレゼントすればよいのでは?」と、正直ギフトチケットに対しては消極的な感想を持っていました。しばらくして、fringeのギフトチケットの説明や荻野さんのお話を伺い、チケットをプレゼントする「習慣」を定着させようというシンボルマークみたいなものか! と気づき、腑に落ちました。お客様の目線からはもちろんのこと、演劇に携わる者の立場としても、そういった習慣や考え方が定着するのはよいことだと感じたのが導入の理由です。
ー実際の導入にあたって団体ごとに特別なハードルのようなものはありましたか?
北村 弊社の場合、外注の制作としての関わりがほとんどなので、劇団さんや主催者さんからの依頼を受け、制作業務を請け負います。なので、劇団さんや主催者さんの意向に即した仕事を第一に行うのですが、そういった立場の私がギフトチケットという新しい概念やシステムを取り入れませんか? と話をして、採用にまで漕ぎ着けることすべてがハードルでした。プロデューサーとして関わっているわけではないので、「次回公演は〇〇という新しい試みを取り入れるぞ!」といったようなトップダウン的なやり方ではなく、あくまでも外注制作として各劇団さんの意向を理解した中で提案を行い、それぞれに納得いただくのには、それなりに気を使ったと思います。
ー具体的に難しかったのはどのあたりですか?
北村 とにかく劇団の負担にならない範囲での導入を目指しました。今回は北九州のブルーエゴナクと愛媛の世界劇団の2団体でギフトチケットを取り入れてもらいましたが、どちらもツアー公演を行うため、取り扱いに支障が出ない内容を心がけました。
取り扱い期間・日時指定の期限は、ツアーとツアーの間でも処理ができるよう、余裕を持たせた設定にしています。申込方法も、特別なスキルがなくても設定できるGoogleフォームを使っています。本当はもっとお客様の目線で整えた方がよいかもしれませんが、多くの作り手にとって、「これくらいの設定でも導入できるんだ」と思ってもらえるような、ユルいサンプルにしていただければ、というのも少し意図してます。
やや頭を悩ませたのが、fringeさんの「舞台芸術ギフト化計画」では、自由席であっても見やすい席などの「よい席」の提供を推奨されていますが、たとえば私の場合は身体が人一倍大きいので、周囲の方々に迷惑がかからない端の方の席が、自分自身も安心して観劇できる「よい席」だったりします。それで、「よい席とはひとそれぞれではないか?」という話し合いを弊社内で行いました。
また、舞台美術が確定する前に見切れ席(※3)を完全に想定するのは難しかったり、舞台や客席の形状が特殊であったりすることから、私が担当する公演は「よい席」を決めるのが難しいこともあって、今回は「よい席の確保・提供」は見送りました。
荻野 見やすい席はひとそれぞれというのは、確かにそのとおりです。その意味では、全席指定より全席自由のほうが、日時指定の段階で希望を訊いて、それに近い座席を用意できるのではないでしょうか。参考となる手法として、東京のDULL-COLORED POPが始めた「ざっくり指定席」があります。これは劇団先行予約の特典として希望位置を訊いておき、それに近い席を当日開場前に貼り紙でキープするものです。これで開演ギリギリに劇場に着いても、希望どおりの席を用意することが可能になりますので、参考にしてください。
(※3)見切れ席 舞台美術の建て込みなどによって舞台の一部が見えづらくなる、あるいは逆に本来見えなくていいものが見えてしまう席。図面上での検証は可能ではあるものの、稽古中に美術の位置の微調整がおこなわれることもあるため、チケットの一般発売の段階で確定することが難しい。 |
ーfringeさん・作り手側ともに「新しい観客を増やしたい」という想いは共通するものの、ギフトチケットがあくまで「概念」としてあえて幅を持たせてあるため、導入のハードルに繋がっているのかな、という印象を受けました。導入事例が少しずつ増えることで、ハードルは解消されていくことが期待されますが、ギフトチケットについて今後どういった展開が考えられるか、いまの時点でのお考えをお聞かせください。
北村 まずはギフトチケットという概念を定着させるために、団体や企画者それぞれが自由にやっていいんだ! やってみよう! という雰囲気作りには協力したいと思います。
荻野 コロナ禍でまだ実現していませんが、さまざまなオプションをつけたチケットも、本来ならオススメしたいところです。観劇前後の飲食、鑑賞の参考や記念になる解説やグッズなど、初めて観劇する方のハードルを下げるアイデアは、つくり手の方ならいくらでも思いつくのではないでしょうか。アンケートでも、他のジャンルに比べて舞台芸術の券種は少ないと指摘されています。チケットのバリエーションで興味を持っていただくというのも重要な選択肢だと思います。
北村 世界劇団とブルーエゴナクでおこなっているギフトチケットは、これまでのチケット販売の枠組みを壊さない、どちらかというとやや守りに入った形での導入かと思います。が、それでもチラホラお申し込みが入っています。荻野さんのお話しを伺い、改めてギフトチケットの使い方は無限にあるな、と思いました。私もこれからギフトチケットならではの付加価値を提供する、ニーズを生み出すような立場で公演に携われればと思います。
荻野 なにか新しい試みをすると、人はすぐ成果を求めてしまいがちですが、このギフトチケットに限っては、地道にやっていただきたいと思います。その公演を「贈る/誘う」のにぴったりだと思う家族・友人は、実際には限られると思います。全く売れない場合もあるでしょう。けれど、ギフトチケットが存在していることで観客の方の目に留まり、「いつか機会があれば使ってみよう」と思っていただくことが大切です。例えば、ホテルのスイートルームはコロナ禍前で稼働率3割程度だと聞きます。それでもホテル側がスイートルームを提供し続けるのは、スイートルームを使いたいというお客様の希望にいつでも応えるためです。ギフトチケットも同じことが言えます。
もちろん、券種を増やすということは、純粋に手間が増えるということです。SNSの運用や感染症対策でつくり手の作業量が増大しているときに、これ以上手間を増やしたくないという思いが、いま最大のハードルだと感じています。私たち「舞台芸術ギフト化計画」ワーキンググループでは、そのハードルを少しでも下げるよう、宣伝協力や導入のためのアドバイス(※4)を続けています。導入したつくり手は、そのこと自体が「創客」のための活動として助成金の申請や報告にも書けると思います。この記事で、迷っているつくり手の背中を押せることを願っています。
(※4)宣伝協力や導入のためのアドバイス fringeのトップページでギフトチケット実施公演を紹介するほか、「舞台芸術ギフト化計画」の専用サイトでは、FAQ、導入事例、運営事例の紹介、導入にあたっての相談に無償で応じるなど、さまざまなサポートをおこなっている。 |
ブルーエゴナク『眺め』
【北九州公演】
日時:2021年10月1日(金) 19:00
2日(土)14:00/19:00
3日(日)14:00
会場:北九州術劇場 小劇場(北九州市小倉北区室町1-1-1-11 6F)
料金:一般前売3,000円(当日3,500円)
U24前売2,500円(当日3,000円)
高校生以下1,000円
ギフトチケット3,000円
【京都公演】
日時:2021年10月8日(金)19:00
9日(土)14:00/19:00
10日(日)14:00
会場:THEATRE E9 KYOTO(京都市南区東九条南河原町9-1)
料金:一般前売3,000円(当日3,500円)
U24前売2,500円(当日3,000円)
高校生以下1,000円
ギフトチケット3,000円
世界劇団『ひとよひとよに呱々の声』
【三重公演】
日時:2021年9月4日(土)14:00/19:00
5日(日)14:00
会場:津あけぼの座(津市上浜町3-51)
料金:一般前売2,000円(当日2,500円)
U-25前売1,500円(当日2,000円)
ギフトチケット2,000円
【伊丹公演】
日時:2021年9月11日(土)18:00
12日(日)13:00
会場:アイホール(伊丹市伊丹2-4-1)
料金:一般前売2,500円(当日3,000円)
U-25前売2,000円(当日2,500円)
ギフトチケット2,500円
【関連サイト】
舞台芸術ギフト化計画
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ブルーエゴナク
世界劇団
ブルーエゴナク『眺め』ギフトチケット予約フォーム
世界劇団『ひとよひとよに呱々の声』ギフトチケット予約フォーム