さよならオブラージャ(第2回)

2021.02.26

 テレビは今日も例のニュースの続報を報せている。今回の事故が、夫の仕事に何かしらの影響があるのかどうかは知らない。特にこれといった連絡もない。濡れたタオルを洗濯機に放り入れて、凍えたままの手でバッグからスマートフォンを取り出す。予約通りに今日の動画はアップされていた。
 ふと、ユウキにも見てもらいたいと思った。彼は今日、お父さんと加湿器を買いに出かけると言っていた。我が家で愛用している加湿空気清浄機の型番を教えるついでに、今日の動画をLINEに貼り付けた。知り合いに私の動画を見られるのは少々照れくさくもある。一瞬躊躇したけれど、指は紙飛行機のアイコンをすでに送り出していた。
 まだ、湯は沸かない。
 急須に茶葉を適量滑り込ませたものをシンクからテーブルに移し、母と自分の湯呑を準備して、背中に腕を回しニットの上からブラのホックを外す。脱衣所へ向かう。母にお茶を勧めたらお風呂に入ろうか。迷う。いやさっき入ったから今日はもういいか、と踵を返す。
 とにかく体は冷えている。再びコンロの前にやってきて、薬缶の火を眺める。
 胸元が緩んだのと、薬缶の傍で温まったのとで、左の下乳が痒い。ポリポリとワイヤーの跡を掻く。フフ、だらしない。でも、こんな日常動作をだらしないと思えたことに、私は頬が緩んだ。そうか、最近の私はだらしなかったのか。日々、母の面倒を見ながら、遠く離れて生活する夫を想い、少しの暇も潰したいと世界へチンケなお料理動画を発信する。結構せわしない私の日常は、案外だらしなかったのだ。
 そうこうしているうちに、お湯が沸いた。母を呼びに行こう。
 私はニットの中で巧みにブラジャーだけを抜き、その桜色の下着を洗濯機に投げ入れるために脱衣所へ向かった。

       >今日の料理「黒豆の煮方」 動画更新時刻 12月30日18時08分

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