さよならオブラージャ(最終回)
2021.02.28
10
一月二日
今日は雪空ではないが、年末にここに降り立った日と同じように目に映る風景は色味が少ない。雨。時折、小さい窓に雨粒が打ち付ける。悪天候の中、作業中の赤いベストのマーシャラー。遠くにいるからその表情なんて見えないはずだが、満面の笑みを湛えている風に感じる。風雨に負けず笑顔をこちらに向けて働く人々は強く、美しい。
彼女の孤独について考えていた。ひとりで母親の介護に身を捧げる生活。趣味といえば、料理動画の更新。単身赴任の夫には密な相談もできない。俺には、彼女の暮らしぶりはとてもシンプルで、余計なものを削ぎ落とした清々しいものに見えた。そんな彼女に、ほんの一瞬だけ心を奪われたことは確かだ。
乗っている機体が轟音を上げる。背中の方向へ強烈なGが掛かる。離陸。雨雲に突入する。
あの時、何と返事したらよかったのだろう。
彼女の孤独を埋めるためだと言って、この帰りの飛行機に乗らない勇気は俺にはない。
遥か遠ざかっていく故郷の地面。昔の彼女との思い出もこのままここに置いて行く。
なんだか良い正月の思い出になった。さようなら、和柄のブラジャーの人よ。
機体は雨雲を抜けた。果てしない青空が広がっている。雲の下の雨のことなどすぐに忘れてしまう。