さよならオブラージャ(第2回)

2021.02.26


  十二月三十日

 親父は既に寝ていた。底冷えのする居間に土産の紙袋を置いて炬燵の電源を暗闇で探る。隣の仏間で寝ている親父を起こさないように襖を閉めて炬燵に潜り込む。バックパックから携帯の充電器を発掘、携帯に挿す。その意外に眩しい明かりで、炬燵の上の大きめの灰皿や電気ケトルがぼんやりと照らされる。目が慣れてテレビのリモコンを見つけることができた。黒くて平たい画面に火を灯す。リモコンの消音ボタンを押す。
 炬燵の出力を右手の中指で探り当て、強める。さっき温まり始めたばかりのはずのヒーター部はすでにそれなりの熱を帯びていて、外からやってきた俺の中指を焦がすほどに感じた。暖を求めてすぐにヒーターを手のひら全体でまさぐる。当然火傷するほどの温度ではない。それを確認する。
 右手はその形のままコン、コン、とヒーターを中指で叩きながら、メッセージの通知を光らせている携帯を左手で取る。娘から。妻から。春香からも届いていた。
 SNSを開くとURLが貼られていた。動画がリンクされていて、そのサムネイルが表示される。
 暗いダイニングキッチンでこちらを向いて立っている春香の姿がある。なんだこの暗さは。

 <動画アップしたから
 <よかったら見て

 動画では寒々しいダイニングで春香がこちらに語りかけている。

なんか暗いな>
 <そこ!?
 <撮影用のライトも点いてるんだけどね
 <食器棚の色味が暗いからかなぁ

 炬燵の中で右手が温まってきた。携帯の画面には、俎板の上で人参を握る春香の手元が映し出されている。
 テレビは、お笑い番組の合間に挟み込まれたニュースを無音で流していた。先日のシャトル打ち上げ事故のニュースを連日やっている。打ち上げ前には、日本人宇宙飛行士が乗るかどうかがこの国の重要な話題のひとつだった。結局、彼は今回は乗る権利を得られなかったのだが、打ち上がらなかったシャトルに「乗ってなくて良かった」という気分がこの国を包み込んでいる。
 その飛行士は、本当に「乗らなくて良かった」と胸を撫で下ろしたのだろうか。
宇宙へ飛ぶために宇宙飛行士になったのに。事故が起こることなど承知の上だったはずだ。人生を掛けているのだから、今回の事故で命を落としたとて本望だったんじゃないだろうか。

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